先輩記者の異動を祝うビデオメッセージの冒頭部分。無類の肉好きだった未和さんが、焼肉店で語りかける口調はユーモアにあふれる。誰からも愛された彼女の人となりを伝える貴重な記録だ。
わずか「2分16秒」の報告
NHKの看板番組「ニュースウオッチ9」。2017年10月4日9時30分過ぎ、「NHK 記者の過労死を公表」というテロップとともに、スタジオの有馬嘉男キャスターが原稿を読み始めた。
「NHKは4年前、東京の首都圏放送センターに勤務していた当時31歳の女性記者が心不全で死亡し、労働基準監督署から長時間労働による過労死と認定されていたことを公表し、このことをきっかけに取り組んできた働き方改革をさらに徹底して進めることにしています」
取材中の佐戸記者やNHKの建物の映像を交えて2分16秒。その日、8番目のニュース項目だった。
佐戸記者が亡くなって4年後に過労死が公表されることになったのは、娘の死が風化しているのではないかと感じた両親が、NHKに直接訴えたからだった。
労働問題担当の解説委員が佐戸記者の過労死を知らなかったこと。電通社員の過労自殺を何度も特集しながら、自分の会社で起きた事件についてまったく触れないこと。元上司の記者に思いを伝えても、NHKで周知されないことーー。それらにしびれを切らした両親がNHKに手紙を渡したことで、未和さんの過労死の公表に向けた準備が始まったという。
しかし、NHKが提示した公表内容は「ニュースウオッチ9」の中で、わずか2分ほど紹介するというものだった。両親にとって納得できるものではなかった。「(記者過労死の情報を察知した)メディアがNHKに問い合わせてきた」という理由で急遽放送を決めたと、担当者は両親に説明した。終始、受け身の姿勢だった。
いまNHK職員たちの間で、NHKにまつわる”3つの事件”をめぐって意見が交わされている。
2001年、従軍慰安婦を特集した番組が改ざんされたETV2001事件。2018年、郵政かんぽ不正営業問題の放送をめぐり経営委員長が暗躍したクロ現+事件。それらと並び、佐戸記者の過労死事件が話題にのぼるという。
佐戸記者の過労死事件をめぐる情報は、内部からなかなか出てこない。NHKの当事者が記者会見を開いて公表したり、NHKの労働組合である日放労が情報を収集して問題提起するということもないからだ。
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