中国脅威論で復活してきたアメリカの産業政策 新自由主義時代の小さな政府から大きな転換

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一般的には、バイデン大統領は民主党穏健派の大統領と位置付けられているが、過去を見ると時代の変化に合わせて支持する政策を変えてきた政治家である。今は「大きな政府」の波にうまく乗ろうとしているにすぎない。だが、その波は大きく、中長期的にアメリカの競争力を高め、社会を変革する可能性がある。

短期的利益を追求せざるをえない民間に任せていては将来、アメリカ経済を支える技術が開発されないおそれがあるため、政府による市場介入はある程度、重要だと考えられる。

市場任せにしたことの失敗例が次世代通信技術の5Gや半導体の製造だ。政権入りしているハーバード大学のマーク・ウー教授は国家資本主義の中国を「China Inc.」と称する。中国に対し、アメリカ政府も産業界を強力に支えなければ、ハイテク冷戦に負けてしまうとの危機意識は有識者の間で広がっている。

バイデン政権もそれを理解し、ハイテク冷戦の戦時体制を整え始めており、大統領のトップダウンによる「産業政策」導入に動き出している。まずは中国に勝つための計画および戦略の策定、そして議会を通じた資金確保に動き出した。

「大きな政府」でFDRを目指すバイデン大統領

6月初旬、バイデン政権は100日間かけて実施したサプライチェーン検証報告書を一般公開。中国対策法案やインフラ整備法案など巨額投資も、政権と議会で検討されている。いずれも国民には人気が高く、成立の可能性が高い。1957年にソ連が人類初の人工衛星「スプートニク」の打ち上げに成功したのをきっかけにアメリカ政府は産業政策を本格化した。半世紀以上経過した今日、中国版「スプートニク・ショック」がアメリカで起きつつあるようだ。

2021年1月20日、バイデン大統領就任式が行われている最中、執務机の向かい側に前述のFDRの肖像画が新たにかけられた。FDRは危機克服のために大きな政府、産業政策導入に舵を切り、「変革をもたらした」大統領として知られる。毎日、その肖像画を眺めながら仕事するバイデン大統領も、時代の潮流に乗りFDRと同様にアメリカ社会に変革をもたらす大統領として歴史に名を刻みたいと願っているのだろう。

渡辺 亮司 米州住友商事会社ワシントン事務所 調査部長

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わたなべ りょうじ / Ryoji Watanabe

慶応義塾大学(総合政策学部)卒業。ハーバード大学ケネディ行政大学院(行政学修士)修了。同大学院卒業時にLucius N. Littauerフェロー賞受賞。松下電器産業(現パナソニック)CIS中近東アフリカ本部、日本貿易振興機構(JETRO)海外調査部、政治リスク調査会社ユーラシア・グループを経て、2013年より米州住友商事会社。2020年より同社ワシントン事務所調査部長。研究・専門分野はアメリカおよび中南米諸国の政治経済情勢、通商政策など。産業動向も調査。著書に『米国通商政策リスクと対米投資・貿易』(共著、文眞堂)。

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