フィフィ「日本愛」育み45年、歯に衣着せぬ快活人生 人気タレントの知られざる信念、私生活、仕事観

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東日本大震災では、とても心に残るテレビ出演があったという。

「震災後はずっと報道番組ばかりでしたよね。震災から2週間後、初の通常のテレビ番組に出演することになりました。みんな楽屋でも、ソワソワしていました」

番組はゲームをしたり、クイズをしたりしながら無事進行していった。番組の最後のコーナーでは、書道家が登場し震災に関した文字を書き、最後に赤い日の丸を書いた。

「その様子を見ていたらなんだか緊張がとけたのか、大泣きしてしまいました。出演者全員、ぐしゃぐしゃに泣いていました。まだインフラが回復していない人たちがたくさんいるのはわかっていて、でもみんな『それでも普通に戻さなければならない』って使命を帯びて頑張っていたんですね。すごく印象的な番組でした」

折しも2011年には、エジプトでは革命が起こった。チュニジアの革命を起因として起こった、『アラブの春』のうちの1つにあたる。

エジプト国内では、大規模なデモが繰り返され、ムバーラク大統領は退陣した。

「私はその日、情報番組に出ていました。番組ではエジプトの革命を取り扱いました」

フィフィさんは、自分の顔がワイプ画面に抜かれたときに、

『私はどんな顔をしたらいいんだろう?』

と思った。

現在、エジプトでは若者たちが命がけで革命をしている。私はこんなことをやっている場合なんだろうか? と自問自答した。

エジプト革命についてブログ執筆

「私はエジプトの人のために何もやってないじゃないか? って思いました。当時は今より、芸能人は社会的なことや政治的なことはしゃべらないほうがいいという空気がありました。でもそんな空気は無視して、ブログを書くことにしました」

フィフィさんは実家に帰ると、一心不乱にiPhoneでエジプト革命について書いた。熱が入り、全身から汗が吹き出した。

夜中に書き上げて、自身のブログにアップした。夜中なのにもかかわらず、掲示板などですぐに話題になっていくのが見て取れた。

そして朝になると多くのネット記事として取り上げられていた。

「話題になっていくことに、気持ちよさと怖さを同時に感じていました。私はどこに行っちゃうんだろう? とも思いました。事務所にも相談していませんでしたから」

2011年にはフィフィさんはサンミュージックプロダクションに移籍していた。ちなみに現在も同事務所に所属している。

年末に、テレビ局でたまたまサンミュージックプロダクションの社長と顔を合わせた。

フィフィさんは

「いつも炎上しちゃってすいません」

と社長に頭を下げた。

「そうしたら社長が、

『いやいや、あなたみたいなタレントがいてくれてもいいんだよ』

って言ってくれたんですね。この言葉が、自分の中にすごく残ってます。だから今も安心して、自分のやりたいようにやっていますね」

次ページ情報番組に呼ばれる機会も増え、出版も果たす
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