ガザ地区の高層ビルが攻撃対象にされる理由 高層ビルを生活の場とするガザ地区住民の気持ち

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とくに最上階のレストランや屋上にオープンエアのカフェがオープンしたとき、ガザの若者は新世界が開拓されたような、そこに行っただけで新天地にいるような気持ちになれたらしい。何もないガザの若者たちは、そのように感じていたのだ。

ガザに閉じ込められて暮らす人たちは、ひどく落ち込んで救いようのない気持ちになったとき、海に行く。ガザ住民のとっておきの場所だが、取り立ててこれと言えるものはない。ただ舗装された、比較的きれいな浜辺沿いの道を散歩して、砂浜に腰をおろす。

真っ赤な夕陽が波間に溶けて落ちていくのをぼんやり眺めて過ごすだけだが、潮風と潮騒がなぐさめてくれ、少しだけ元気になれる。ガザの人々は、人一倍苦労の多い人生をそうやって乗り越えて頑張ってきた。そんな憩いの浜も、2006年に爆破事件があった。8人が死亡し、約30人が負傷した。当時11歳だったフダ・ガーリアちゃんが、犠牲になった家族を見てヒステリックに泣き叫んだ映像は世界を駆け巡った。ガザのどの場所にも悲惨な死の思い出が染み付いているのだ。

ビルや橋は再建できても住民の心は治せない

2009年3月にエジプトのシャルムエルシェイフで開かれたパレスチナ自治区ガザの復興支援会議では、参加した75カ国が総額45億ドル(約4400億円)の支援金拠出を表明した。日本は福岡市の面積に等しい小さな地域のために、日本のODA(政府開発援助)予算から2億ドル(約200億円)を拠出した。仮に45億ドルもの資金が破壊されたインフラの復旧ではなく、地域開発に使われていたなら、ガザはとうの昔にドバイやドーハなみのインフラを整えた優雅な地域になっていたかもしれなかった。45億ドルは、2009年の日本のODA予算の3分の2に当たる金額だった。破壊行為の虚しさを思い知る。

メディアは犠牲者や経済的ダメージとか、イスラエル軍の攻撃前の警告の電話とか、すぐに避難しないで亡くなる人たちの事を報じている。そういう事ももちろん大切なのであるが、戦争が日常になっているガザ住民がどのような気持ちで過ごしているのか。住民の精神的ダメージがどれだけひどいかにも寄り添ってほしい。

11日の攻撃が終わったガザでは、生きた心地でなかった人々がのろのろと日常を正常に戻すために動き出した。だがパレスチナの人々は口々に言う。建物は壊れても建て直せる。でも壊れた人の心が治るのには長い時間がかかり、治らないかもしれないと。

同じセリフをわたしはイラクでもきいた。橋はできても、ビルは建っても、壊れた人の心は治せないと。

アビール・アル・サマライ 「ハット研究所」所長

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イラク・バグダッド出身。バグダッドのテクノロジー大学コンピューターサイエンス学部卒業。湾岸戦争後の1991年末に来日。アラブ・イスラム言語文化専門シンクタンク「ハット研究所」所長。中東情勢や中東メディア報道研究、イスラム・中東問題の勉強会、ハラルやムスリム対応のビジネスコンサルティングなどを手掛ける。外務省研修所、慶應義塾大学、学習院大学非常勤講師。NHKアラビア語ラジオ講座出演。

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