量子コンピューターを知る人が圧倒的に利する訳 膨大な計算処理だけでなく「私とは何か」も解明?

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極論、能動的な自己意識がなくても、私が勝手に動いているということになりますが、ではなぜ、受動的な意識が生まれたのでしょうか。このことについても考えておく必要があるので、ご説明しましょう。

量子からだいぶ遠ざかっているように感じられますが、もうしばらくこの自己意識に関する話にお付き合いください。

自己意識を持ったAI のつくり方

なぜ受動的な意識が生まれたのかというと、前野教授の仮説では、

「経験を記憶していく『エピソード記憶』を行なうためには、エピソードの主語となる主体を必要としたからだ」

ということになっています。

これまで説明したように、意識主体たる「私」は、私が勝手に動いている結果を、ただ単に観測しているのに過ぎないのに、「私がやったんだ」「私が感じたんだ」「私が思ったんだ」と思い込んでいるだけなのです。

「私がやったんだ」「私が感じたんだ」「私が思ったんだ」というエピソードを記憶にとどめるために。

近年、人工知能、AI の開発に余念がない人類ですが、中でもとりわけ開発することが困難だといわれているのが、この「意識主体」とか「自己意識」といったものです。

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AI に自己意識を持たせるというのは、どういったプロセスによって達成されるのでしょうか。この課題の解決に、受動意識仮説は大きく寄与すると私は考えています。

AI の構築は、これまで、AI に自己意識を持たせるための手法として、「司令塔」づくりを目指して、失敗してきました。

一方で、受動意識仮説に基づいてAI を構築するなら、さまざまな部分機能を果たす要素の集まりをつくり、その個々の機能要素が出力してくるアウトプットをただ単に観測している、「観測者」をつくればいいということになります。

それではその「観測者」をどうやってつくるのかになるのですが、ここでようやく本題となり、量子力学が大きく関わってくる可能性が示されているのです。

村上 憲郎 元グーグル米国本社副社長・日本法人社長、村上憲郎事務所 代表取締役

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むらかみ・のりお / Norio Murakami

1947年、大分県佐伯市生まれ。大分県立佐伯鶴城高校卒業後、京都大学工学部に進学。1970年京大卒業後、日立電子株式会社のミニコンピュータのシステムエンジニアとしてキャリアをスタート。1978年日立電子のミニコンからの撤退に伴いDigital Equipment Corporation(DEC)Japanに転籍。その後、複数の米国系ICT企業の日本法人代表を務めた後、2003年4月、Google米国本社副社長兼Google Japan代表取締役社長としてGoogleに入社。日本におけるGoogleの全業務の責任者を務め、2009年1月名誉会長に就任、2011年1月1日付けで退任し、村上憲郎事務所を開設した。現在、(株)ブイキューブの社外取締役なども務めている。

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