日経新聞がタイの「強権首相」をあえて招く事情 問われる報道機関としての見識と説明責任

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しかし日経新聞は、日本を代表するクオリティペーパーを自称する報道機関である。同社のホームページには基本理念として「わたしたちは、民主主義を支える柱である『知る権利』の行使にあたって、人権とプライバシーに最大限配慮しつつ、真実の追究に徹する」と書いてある。プラユット氏の招聘がこの理念に合致するとは思えない。

プラユット氏は3月9日、定例閣議後の記者会見で報道陣に新型コロナウイルス対策用のアルコール消毒液を噴射した。この出来事を日経新聞は3月11日付で「消毒液のスプレーを手に壇上から降り、マスクで顔を覆いながら最前列の記者に向けて噴射を開始。『新型コロナをうつされるのが怖いから、身を守っている』『君の口に噴射しようか』と語りながらスプレーを押し続けた」と報じている。

メディアにこれほど無礼なふるまいをする人物を招くことに同業者としてためらいがなかったのだろうか。

日経に言論の自由に対する敬意はあるか

この会議、参加料は前回より値上げをして8万8000円である。個人が負担する金額ではなく、おそらく企業が経費で支払うのだろう。

日経がその名で内外の講師を集め、取材先でもある企業に高額の受講料を払わせる。もちろんメディアにとっても収益は重要である。それでも民主主義、なかでも言論の自由に対する一定の敬意がそこには必要だろう。

筆者は4月19日、「アジアの未来」の事務局に以下の質問状を送った。プラユット氏を招聘したことについての見解やプラユット氏に講師料は支払われるのか否かのほか、過去もフン・セン、ドゥテルテ、ハシナ各氏のようにメディアを弾圧する強権指導者を招いていることについて、日経新聞の基本理念に合致するのかどうかなどを尋ねた。

4月23日、日経広報室取材窓口から回答があった。1面社告からプラユット氏の顔写真を外した理由について、「掲載時点での首脳や閣僚の訪日の可能性などを配慮して選定」と回答。プラユット氏への講師料は「支払われません」とし、高額な参加料については「貴重なご意見として承ります」との回答があった。

だが、他の質問については「国際交流会議『アジアの未来』はアジア大洋州地域の各界のリーダーらが域内の様々な課題や世界の中でのアジアの役割などについて率直に意見を交換し合う国際会議です。1995年から原則毎年開催しておりアジアで最も重要な国際会議の一つに数えられています。アジア各国・地域の首脳・閣僚らの生の声を参加者や読者にお伝えする貴重な機会とすべく当会議を企画しています」としたうえで、「個別の案件についてはお答えしておりません」と回答した。

報道機関に属さない私にも回答した点については敬意を表するものの、講師料が支払われていないことを除けば、実質的な中身はなく、新聞社として説明責任を果たす姿勢は感じられない。

ジャーナリズムとビジネスの間合いをどうとるのか。「アジアの未来」には、日本経済新聞社の抱える本質的な矛盾が解決されないまま、凝縮されている。

柴田 直治 ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表

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しばた・なおじ

ジャーナリスト。元朝日新聞記者(論説副主幹、アジア総局長、マニラ支局長、大阪・東京社会部デスクなどを歴任)、近畿大学教授などを経る。著書に「ルポ フィリピンの民主主義―ピープルパワー革命からの40年」、「バンコク燃ゆ タックシンと『タイ式』民主主義」。

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