意外と古い、都内にある「新」が付く駅の歴史 既存駅の知名度か独自路線か…難しい駅の命名
映画「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の大ヒットで、さまざまな分野で「シン〇〇」というフレーズが使われている。その状況を見て鉄道に興味がある人は、鉄道は昔から“新”を使った路線や駅名が数多くあると口に出したくなったのではないだろうか。
筆者もそのひとりで、それまでは何気なく見てきた「新の付く駅」に注目するようになった。すべてが新+既存の駅名というわけではなく、独自のストーリーを持つ駅も多いことを知った。そこで今回は東京都内に絞って、新の付く駅を紹介していくことにしよう。
当初は「内藤新宿」駅だった
まず東京23区内を走る鉄道路線の代表格と言えるJR東日本の山手線から見ていくと、新の付く駅は3つある。新橋、新宿、新大久保だ。このうち新橋と新宿はもともとの地名に新が入っていたのに対し、新大久保は新しい大久保という命名だったという違いがある。
巨大駅・新宿の由来となったのは、江戸時代の五街道の1つ、甲州街道に作られた「新しい宿」だ。
当初甲州街道は、日本橋を出発して最初の宿場が高井戸となっており、東海道の品川などと比べると遠かった。そこで、現在の新宿御苑付近に屋敷を構えていた内藤家の土地を一部活用することで新しい宿場が作られ、内藤新宿と名付けられた。駅名も開業当初は「内藤新宿」だったが、まもなく内藤が取れて「新宿」になった。
一方、新橋駅は多くの方が想像するとおり、近所に「新しい橋」に由来する新橋があることから命名された。現在、中央区銀座と港区新橋の間には、東京高速道路という高架道路がある。昔はここに、赤坂にあった溜池から東京湾に注ぐ汐留川が流れており、江戸城の外濠の一部になっていた。現在の銀座4丁目交差点から南に向かう中央通りがこの汐留川を越えるところに新橋があった。
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