「施設から自立する人」に送る専門家からの助言 施設出身者による「当事者活動」の何が問題か

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(3)搾取と暴力

かつてはネットで虐待体験を書き込む人から話を聞き出し、勝手に改変して当事者には謝金を支払わず記事や書籍を出版する人の話をよく耳にしました。「掲載をやめてほしい、講演会に事例として使わないでほしい」という当事者を無視したり恫喝するなどの話も聞きました。

しかし今は、ネットで当事者の音声ファイルや動画を販売することまで行われています。当事者に活動資金提供を求めて搾取するようなこともあるようです。また、18歳未満は使えない規約の「Clubhouse」のトークに施設中高生を招き、施設の悪口を言わせるなどし、施設と子どもの関係性が悪化するなどの事例も出てきています。

誰が聞いているかもわからないのに、出自を言わせていいのでしょうか? リアルな性被害描写を言わせていいのでしょうか? 専門的知見がない人間が被害を語らせるように仕向けるものは、暴力といいます。

(4)行政や研究者の失敗

そのような当事者団体を支援する研究者にも責任があります。理念だけで現場経験がない研究者は、当事者活動は素晴らしいと支援をしてしまうのです。そのため、上記のような暴力があっても「当事者だから」と免罪符にしてしまうのです。

さらに行政も、SNSやメディアやイベントなどに露出する、成人した特定の元当事者にだけ話を聞こうとします。この分野の研究者は子どもの政策を決めるときに「当事者(子ども)が入らないのは何事か!」と怒りますが、それならば研究者がいつも呼ぶ元当事者でなく、学術的な意見聴取をすべきです。全数調査や地道に子どもの意見を集約している研究者は多くいます。

(5)当事者活動に出口戦略がない

私は、当事者活動をしよういう方、実際に活動をしている方に意見を求められたときには「いつまで当事者というポジションにいるの?」と必ずたずねます。どのような活動であっても、必ず目標と手段と期限があるはずです。それがないから支援者側に回れずにいつまでも当事者と主張し続けたり、30代、40代、それ以上になっても「子どもの気持ちがわかる○○」など、一見物わかりのいい大人のように振る舞うのではないでしょうか。もう当事者でないのに、そのことに気づけないのです。

自分の人生を切り売りする必要はない

あくまでも当事者活動は期間限定です。活動により自分を見つめて乗り越えて回復していける人は少数で、多くは搾取されて終わりです。これを現場はわかってるので、SNSやメディアに出るような当事者団体は、子どもの最善の利益の視点から、出入り禁止や交流禁止の対応をしている施設もあるほどです。

自分の出自を、人生を切り売りする必要はないのです。みなさんの権利擁護の理念として「アドボカシー」(擁護、代弁、支持、表明)という言葉があるのですが、それは誰かを攻撃したり、支配下においたりするためのものではありません。そして専門的助言としては、「他人のために、困った人のために何かをしたくてたまらない人がアドボカシーをすることは不適切」です。

適切な情報をもとに、まずはみなさん自身がよりよき人生になるよう願っています。

和田 一郎 獨協大学国際教養学部教授

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わだ いちろう / Ichiro Wada

筑波大学大学院人間総合科学研究科(社会精神保健学)修了。博士(ヒューマン・ケア科学)。専門はデータサイエンス。社会福祉士、精神保健福祉士。人口減少社会における公共サービスの在り方、行政DXの活用や震災・疫病などの危機時における子ども等の弱者の支援におけるデータサイエンスの活用 などを研究している。

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