東北被災地の霊体験に見る「死との向き合い方」 「幽霊」乗せたタクシー運転手の証言に思うこと

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死者は忌むべきものではなく、尊いもの。金菱さんはこう結びます。

「東日本大震災では、津波にのまれ、遺体のないまま行方不明となってしまった『あいまいな喪失』があまりにも多く発生しました。ゼミ生の取材を通じ、私たちが発見したことは、被災地の人々は、この『あいまいな喪失』を大切に抱え続け、終わったこととして自分の中から消し去ろうとはしていない、という事実でした。

だから死者は忌むべきものではなく、尊いものなんです。そして、あいまいさを抱え続けることこそ、愛する者を失った痛みへの対処法と理解しました。どこかで生きているかもしれない。“幽霊”でもいい、私のそばで生きているはず。きょうも見守ってくれてありがとう……。あいまいさを抱えながら、肯定的に生きる。『あいまいな喪失』への向き合い方を、私はこの東北の地で、ゼミ生の取材を通じて学びました」

不思議な現象に敬意を払う姿勢が見える

―取材を終えて―

あなたは『遠野物語』を知っていますか? 日本の民俗学の父と呼ばれる柳田國男が明治時代に発表した、岩手県に伝わる逸話集です。この中には、河童や、座敷わらしなどが登場し、小説や漫画、アニメで描かれる日本の妖怪たちの原型といわれています。

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東北地方にはもともと不思議な現象、あるいは“幽霊”を、「怖いもの」ととらえない感性があるのかもしれません。また、東北地方の一部の方言で「~さる」というのがあります。たとえば「押ささる」。これは「『目には見えない何者かに』押された」という意味が含まれているそうです。こういったところにも不思議な現象に、何か敬意を払う姿勢が見えますね。

“幽霊”を乗せたタクシー運転手の話を聞いたとき、あなたはどう思いましたか?「ああ、死にきれないのか。かわいそうに」となるのか、「ああ、なにか伝えたかったんだな」となるのか。「“幽霊”が出るなんて、実に非科学的、インチキな話だ」と反論したくなる読者もいるでしょう。

しかし、ここにこそ、あなたの「死生観」が反映されるのです。死というものの答えは1つではなく、さまざまな見方・考え方があることに気づいていただいたはずです。だから、これはあくまで、あなたがどう思うか、という話なのです。

東日本大震災から2021年で10年。いまも「あいまいな喪失」を抱えながら前へ歩む方たちがいることを、あらためて胸に深く刻みたいと思います。

池上 彰 ジャーナリスト

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いけがみ あきら / Akira Ikegami

1950年、長野県生まれ。1973年慶應義塾大学卒業後NHK入局。ロッキード事件、日航ジャンボ機墜落事故など取材経験を重ね、後にキャスターも担当。1994~2005年「週刊こどもニュース」でお父さん役を務めた。2005年より、フリージャーナリストとして多方面で活躍中。東京工業大学リベラルアーツセンター教授を経て、現在、東京工業大学特命教授。名城大学教授。2013年、第5回伊丹十三賞受賞。2016年、第64回菊池寛賞受賞(テレビ東京選挙特番チームと共同受賞)。著書に『伝える力』 (PHPビジネス新書)、『おとなの教養』(NHK出版新書)、『そうだったのか!現代史』(集英社文庫)、『世界を動かす巨人たち〈政治家編〉』(集英社新書)など。

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