東北被災地の霊体験に見る「死との向き合い方」 「幽霊」乗せたタクシー運転手の証言に思うこと

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活動を始め、金菱さんはあることに気づきます。

「被災者のPTSD(心的外傷後ストレス障害)が注目されていましたが、家族を亡くした被災者には、『カウンセリングに行きたくない』という人が少なくなかったんです。多くの死者が出た災害でしばしば見られる現象として、生き残った人たちが、『自分だけが助かってしまった』と、罪の意識(サバイバーズ・ギルト)を抱いてしまうという問題があります。東日本大震災はまさにそのケースでした。

死者の多くが津波によるものです。地震発生から津波到達までに数十分という時間がありました。この数十分が遺族を苦しめることになるのです。生き残った人は『あのとき、ああしていれば救えたのでは』という後悔の念がとても強かったんです。

そうした人たちにとっては、『カウンセリングによって自分が楽になる』という考えそのものが、罪の意識を刺激します。心の痛みがなくなることは、死者のことを忘れてしまうことにつながる、と考えるためです」

タクシー運転手が経験した不思議な話

そんな事実を突きつけられる中、ある学生がこんな不思議な話を取材してきました。

【震災で娘を亡くしたタクシー運転手(聞き取り当時56歳)の話】
「震災から3カ月くらいかな? 記録を見ればはっきりするけど、初夏だったよ。いつだかの深夜に石巻駅あたりでお客さんの乗車を待ってたら、真冬みたいなふっかふかのコートを着た女の人が乗ってきてね」
見た目は30代くらい。目的地を尋ねると、「南浜まで」と返答した。不審に思い、「あそこはもうほとんど更地ですけど構いませんか? どうして南浜まで? コートは暑くないですか?」と尋ねたところ、「私は死んだのですか?」と、震えた声で応えてきたため、驚いたドライバーが、「え?」とミラーから後部座席に目をやると、そこには誰も座っていなかった。
最初はただただ怖く、しばらくその場から動けなかったとのこと。「でも、今となっちゃ別に不思議なことじゃないな? 震災でたくさんの人が亡くなったじゃない? この世に未練がある人だっていて当然だもの。あれはきっと、そう(幽霊)だったんだろうな~。
今はもう恐怖心なんてものはないね。また同じように季節外れの冬服を着た人がタクシーを待っていることがあっても乗せるし、普通のお客さんと同じ扱いをするよ」。ドライバーは微笑んで言った。
【別の運転手(聞き取り当時49歳)の話】
「巡回していたら、真冬の格好の女の子を見つけてね」
2013年の8月くらいの深夜、タクシー回送中に手を挙げている人を発見し、タクシーを歩道につけると、小さな小学生くらいの女の子が季節外れのコート、帽子、マフラー、ブーツなどを着て立っていた。
時間も深夜だったので、とても不審に思い、「お嬢さん、お母さんとお父さんは?」と尋ねると、「ひとりぼっちなの」と女の子は返答をしてきた。
迷子なのだと思い、家まで送ってあげようと家の場所を尋ね、その付近まで乗せていくと、「おじちゃんありがとう」と言ってタクシーを降りたと思ったら、その瞬間に姿を消した。確かに会話をし、女の子が降りるときも手を取ってあげて触れたのに、突如消えるようにスーッと姿を消した。明らかに人間だったので、恐怖というか驚きと不思議でいっぱいだったそうである。
「噂では、他のタクシードライバーでもそっくりな体験をした人がいるみたいでね。その不思議はもうなんてことなくて、いまではお母さんとお父さんに会いに来たんだろうな~って思ってる。私だけの秘密だよ」
その表情はどこか悲しげで、でもそれでいて、確かに嬉しそうだった。
『呼び覚まされる霊性の震災学』(新曜社)などより。
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