深谷駅はなぜ「東京駅そっくり」になったのか 「レンガの街」として発展した渋沢栄一の生地

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レンガ需要の高まりを受け、各地でレンガ製造工場の建設が相次ぐようになる。日本煉瓦製造も生産量を増加させており、1893年に開通した旧信越本線の碓氷峠第三橋梁にも日本煉瓦製造製のレンガが使用された。

三菱一号館から始まる丸の内レンガ建築群の掉尾を飾ったのは、1914年に開業した東京駅だ。東京駅には約927万個のレンガが使用されているが、そのうち日本煉瓦製造が生産したレンガが約833万個、品川白煉瓦(現・品川リフラクトリーズ)が生産したレンガが約94万個使用されている。ちなみに、渋沢は品川白煉瓦の経営にも大きく関与している。

レンガ建築とレンガ製造は、日本の近代化に大きな役割を果たした。だが、関東大震災などを経て建築材料の主力はコンクリートなどに移り、時代とともにレンガの需要は減退。1975年に深谷駅と日本煉瓦製造の工場を結ぶ専用線は廃止された。そして、渋沢が立ち上げた日本煉瓦製造は2006年に解散という道を選んだ。

深谷「レンガの街」の誇り

それでも、深谷市は「レンガの街」であり続けている。

深谷駅南口から見た駅舎。表面はレンガを模したタイル張りだ(筆者撮影)

東京駅が深谷市産のレンガを大量に用いている縁から、レンガの街をアピールする意味も込めて、深谷駅は1996年に東京駅を模したデザインへと改築されたことは前述した。しかし、改築された深谷駅の外観は東京駅とそっくりになったものの、耐震基準の関係からレンガを使うことはかなわなかった。そのため、深谷駅はタイル貼りになっている。

約16万個のレンガを使用して新装した深谷市本庁舎(筆者撮影)

レンガの街・深谷市は、大河ドラマ「青天を衝け」放送に合わせるように2020年に本庁舎を改装。新庁舎は約16万個のレンガを使った建物へと生まれ変わった。また、市は「レンガのまちづくり条例」を制定。同条例では駅前から市役所本庁舎までを範囲に指定し、一帯の道路をレンガ舗装へと整備する。さらに補助金をつけて、民間企業の店舗・事務所や個人住宅の外壁・外構にもレンガを積極的に使用するように働きかけている。

深谷駅前をレンガ街へと生まれ変わらせようとする取り組みは、渋沢が顔になる新1万円札が発行される2024年までに間に合わせる予定で進む。

時代の波に揉まれながらも、深谷市のレンガに込める思いは微塵も揺らいでいない。

小川 裕夫 フリーランスライター

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おがわ ひろお / Hiroo Ogawa

1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経てフリーランスに。都市計画や鉄道などを専門分野として取材執筆。著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『私鉄特急の謎』(イースト新書Q)、『封印された東京の謎』(彩図社)、『東京王』(ぶんか社)など。

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