「もっと早く夫と出会って結婚したかった、とは思いません。今までのすべてが楽しかったから。すごく忙しくて人間的な生活ができなかった会社員時代も嫌ではなかったからです」
平日の昼下がり。東京の下町にある喫茶店で個人事業主の中村美里さん(仮名、48歳)と向き合っている。モデルのような八等身のすらっとした女性だ。彼女が再婚したのはちょうど2年前。今日はその記念日なので、早めに帰宅して夫の順一さん(仮名、55歳)との自宅ディナーの準備をするらしい。
家業を継ぎたい恋人の意思を尊重したが…
専門学校を出てからの20年以上、百貨店で勤務していた美里さん。きちんとした服装と前のめりの明るい話し方に少しだけバブルの香りがするが、入社当時から百貨店の「終わりの始まり」を感じ続けていたと語る。
「バブル景気は入社前にとっくに終わっていました。数年前、インバウンド消費で盛り上がった時期もありましたが、あれは一時的にすぎません」
冷静に観察しながらも、猛烈に働いてきたという美里さん。取引先の営業マンである隆志さん(仮名)に心惹かれて結婚したのは30歳目前のときだ。
「彼は同世代でした。明るくて感じがよくて、誰からも愛される人でした。お坊ちゃん気質なのだと思います」
会社員としては有能だった隆志さんだが、美里さんとの結婚の直前になって、経営が傾いていた家業を継ぎたいと言い出した。美里さんは「若いんだから好きなようにすればいい。そういうときに支え合うのが結婚だろう」と見得を切ったと振り返る。
数カ月後に隆志さんの会社は倒産。2人は美里さんの実家に「一時避難」をさせてもらった。のんびり屋の隆志さんは失業保険をもらいながら働かずに過ごし、美里さんはますます仕事にのめり込んでいった。
「そんな自分に酔っていたのだと思います。懸命に働く私の背中を見せれば彼が奮起してくれると信じていたのかもしれません」
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