一方、自然発生的な感染症危機は、「貧困、格差の拡大、感染症を含む国際保健課題、気候変動その他の環境問題、食糧安全保障、更には内戦、災害等による人道上の危機といった一国のみでは対応できない地球規模の課題」として、「『人間の安全保障』に関する課題」の1つとして述べている。
自然発生的、および人為的な感染症危機は本来表裏一体のもので別個に論じられるべきものではない。加えて、影響の大きさを考えれば、自然発生的な感染症危機が格差の拡大などと同列に「人間の安全保障」の観点で述べられている点は、感染症危機に関する国際社会の標準的な考え方からは乖離していると言わざるをえない。
アメリカが認識を変えた経緯
感染症危機を国家安全保障の観点からいかに考えるべきかについては、アメリカの国家安全保障戦略が参考になる。レーガン政権下の1987年から策定されている同戦略では、1990年、ジョージ・H・W・ブッシュ政権が初めて人為的な感染症危機について記述している。この時代には、共産圏の崩壊と冷戦終了に伴い、第三世界の紛争における生物兵器の拡散が危惧されており、感染症に対する対応は、軍縮・不拡散の観点から説かれた。
クリントン政権下の1998年には、グローバリゼーションを背景として、生物兵器に加えて、新興感染症の出現が国家安全保障に重大な影響及ぼすと初めて述べられた。しかし、この時点でも軍縮・不拡散と環境・保健というように、異なる課題として述べられていた。
人為的、および自然発生的な感染症危機が表裏一体のものとして初めて認識されたのは、2001年に炭疽菌テロを経験したジョージ・W・ブッシュ政権の2002年版国家安全保障戦略からである。
2014年の西アフリカ発のエボラ出血熱危機の経験を経て、オバマ政権下の2015年には、初めて自然発生的な感染症危機に独立して一章が割かれ、生物兵器の軍縮・不拡散と同列の国家的脅威として述べられた。
こうした経緯を経て、トランプ政権下の2017年版では、原因にかかわらず感染症危機は国家安全保障に甚大な影響を及ぼす点を踏まえ、「生物学的脅威とパンデミック」として、人為的、および自然発生的な感染症危機を表裏一体の一つの国家的脅威として明記するに至った。冒頭の部署が復活したバイデン新政権はさらにこの認識を強め、感染症危機に関する政策が推進されるだろう。
新型コロナ危機は、感染症危機が国家安全保障上及び危機管理上の重大事案であることを、世界中に認識させた。日本もこれまでの感染症危機に対する政策的認識をアップデートし、すべての感染症危機を包括的に捉え、国家安全保障と危機管理の両者の側面から政策を形成していくべき時に来ている。
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