「国民皆保険」が崩壊すると何が起こるのか アゼルバイジャンにみる「医療階層化」の教訓

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この方式のすばらしいところは、言うまでもなく「無料」であることと「平等」であることです。所得や地域による格差は生じません。なんたって計画経済、都会にも中山間地域にも、所得の多寡にも関係なく「平等」に医療資源を配給するのですから。

他方、すべて税財源ですから、中央政府が決定した計画(予算)で総サービス量が決まります。決められたサービス量を公平・平等に分配する。戦争中の日本の食糧配給のようなシステムです。

無尽蔵に予算があれば別ですが、財源には限りがあります。医療資源も有限ですから(インフラ整備も人材養成も予算で計画的に統制されます)、予算で定められた範囲での医療サービスです。日進月歩の医療サービスが迅速に導入されるというわけにはいきません。「標準的」な医療が「公平・平等」に提供されるだけですし、予算が尽きればそこで終わりです。

旧社会主義国のみならず、税方式の医療サービスの場合、アクセス制限(「優先順位」をつける、ニーズ判定をする)、長い「待機者リスト」ができる、新薬や新しい医療技術がなかなか導入されない、といったことが日常的に起こります。イギリスのNHS(国民保健サービス)の透析患者の年齢制限、スウェーデンの医療待機者問題など、実例はいくらでもあります。

さて、そんな「配給型」「計画経済型」の医療システムがあった国で、社会主義体制の崩壊に伴い、ありとあらゆる「公共サービス」の分野に「市場経済」の波が一気に押し寄せました。

多くの旧社会主義国では、配給型の医療サービスは維持できなくなりましたが、幸いこの国は「石油」という財源があったので、一律配給型の医療システムでも一定水準のサービスを維持することがかろうじてできています。

しかしながら、というか当然ながら、というか、「医療の公共独占」は崩れました。言ってみれば「規制緩和、官制市場解体、混合診療全面解禁」の壮大な社会実験をしたようなものです。一律平等配給型の公的医療サービスの外側に「資本主義的」というか「市場主導型」の自由診療医療サービスが生まれました。

医療サービスは「階層消費化」

その結果、どうなったか。医療サービスはものの見事に「階層消費化」しました。

まず、優秀な医師たちはみんな国外に出て行きました。多くはトルコ・イスラエル・ウクライナ・ロシアなどの近隣諸国です。外国に行ったほうが自分のやりたい医療ができますし、しかもはるかに高給で処遇されます。

結果、深刻な医療人材の不足が発生しました。医療人材は専門人材ですからそう簡単には増えません。圧倒的な「供給不足・需要過多」の中で、国内に残った医師たちは「副業」を始めます。

公立病院の医師たちは、午前中は「無料」の「配給医療」に従事しますが、午後になると自分のクリニックを開いて「自由診療」の医療を始めました。なかには病院の中の自分のオフィスで開業する人もいました。自由診療ですから当然「自由価格」です。公立病院も病院として「自由診療」を始めました。

「ここまでは無料です。もしこれ以上の検査を受けたかったり薬を出してほしければ追加で診療代を払ってください」「順番待ちを飛ばして受診したい人は追加料金を払ってください。優先で診療しますよ」

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香取 照幸 上智大学教授、未来研究所臥龍代表理事

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かとり てるゆき / Teruyuki Katori

1980年旧厚生省入省。在フランスOECD事務局、内閣参事官(総理大臣官邸)、政策統括官、年金局長、雇用均等・児童家庭局長を歴任。その間、介護保険法、子ども・子育て支援法、国民年金法、男女雇用機会均等法、GPIF改革等数々の制度創設・改革を担当。また、内閣官房内閣審議官として「社会保障・税一体改革」を取りまとめた。2016年厚生労働省を退官。2017年在アゼルバイジャン共和国日本国特命全権大使。2020年4月より現職、同年8月より一般社団法人未来研究所臥龍代表理事。主な著書に『教養としての社会保障』(東洋経済新報社)がある。

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