Jリーガー「白血病」診断前に食べた焼き肉の味 家族巻きこむ申し訳なさと「どうしようもなさ」
診断を受け、僕は迎えに来てくれた母の車の後部座席に乗り込んだ。
「どうだったの、診断結果は?」
「なんか俺、白血病かもしれないってさ」
「えっ!?」
母は絶句した。これはあとから聞いた話だが、そのときの僕は、母が驚くほど淡々としていて、慌てるそぶりや絶望感を見せるのではなく、ケロっとしたように見えたそうだ。それだけ自分のなかで、病気がわかることによる安堵のほうが大きかったのだ。
さらにこのとき医師からはこう告げられた。
「白血病といっても、慢性的なものと急性的なものがあって、慢性の白血病ならば、薬を使いながらではあるが対処できると思います」
そう言われていたことも、安堵感に拍車をかけていた。
まだはっきりしていない段階であり、そこからさらに細かい検査に入るため、具体的な治療開始の時期、対策などはまったく言われなかった。
ただ、練習には参加せず、ランニングなどもせず、安静にしながら、エアロバイクをこぐ程度の運動だけは認められた。
ある日、アルビレッジのクラブハウス内でエアロバイクをこいだあとに、僕はクラブ関係者に呼ばれた。
「史哉、やっぱり無理しないほうがいい。一度自宅に帰って安静にしたほうがいい」
世間はゴールデンウィーク前。僕はひっそりとロッカールームと寮の荷物をまとめて、自宅に戻った。
「次はいつここに戻ってこられるのかな……」
それはしばらく先のことになるだろう。うっすら覚悟はできていた。僕は複雑な思いを抱えたまま、アルビレッジを離れた。
ピッチから病室へ
5月2日。僕は父と一緒に、もう一度検査をしに済生会新潟病院に向かった。
医師と3人での話し合いの場を設けてもらったとき、こう告げられた。
「慢性的な症状もあるんですが、ただ、慢性だけでもないんです。正直、珍しいケースで、おそらく急性の白血病だと思うのですが、まだ断定はできません」
僕の白血病は、慢性ではなく、急性の可能性が出てきた──。
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