高齢期の患者負担は1割、2割、それとも? 「高齢者」でなく「高齢期」、世代間対立は不毛だ

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だが、人の生涯における現役期の医療費負担が高くなりすぎることは、消費の平準化策としては役に立たず、現役期と高齢期の負担のバランスを考えることは重要になる。その観点から見ても、自己負担率を年齢と関係なく統一しておくことに無理はない。

さらにこの新型コロナウイルスの状況の下、働いている世代は、賃金が下がっても仕事を失っても3割の自己負担のままである。もちろん以前から、いわゆる「現役並み所得」以下の現役も揃って3割負担である。こういう時期だからこそ、安定した年金収入などを今も滞りなく得ている人たちが歩み寄ることは、社会の分断を避けるために必要であろう。

自己負担の存在意義、そしてその水準を考える際に参考となる文章があるので、紹介しておく。

患者負担の趣旨「平成24年版厚生労働白書」より
日本では、国民皆保険制度により、全ての人が、必要なときに、必要な医療を受けることを保障している。また、患者がどの医療機関にも制限なく受診できる「フリーアクセス」、原則出来高払いなどの特徴を持っている。
このような状況下では、もし一部負担がなければ、不安に駆られた患者側は、安心を得るために医学的・客観的に必要な回数以上に受診(過剰受診)してしまう可能性がある。他方、医療サービス提供者側は、診療報酬が原則出来高払いのため、患者から求めがあれば、念のため診察して、結果的に過剰診療をしてしまう可能性がある。実際、1970年代に老人医療費の無料化が実施されたときは、高齢者が病院の待合室を憩いの場とする「病院のサロン化」や過剰診療が問題となり、保険財政も厳しい状態になった。
このような「モラルハザード」ともいえる事態を回避するための工夫の一つが、患者の一部負担の導入である。一部負担をしてもらうことで、患者側には、本当に必要なときに診察を受けようとするインセンティブが働き、医療サービス提供者側にも、本当に診療を必要と考えて受診しにきた患者を効率よく診療しようとするインセンティブが働く。

「モラルハザード」などを使い、言葉は抽象的にまとめられているが、イメージされているのは、この国が辿った歴史的事実である。

先人たちの後片付けに消耗させられる後輩たち

まとめれば、人が生涯の中で医療を多く使うようになる高齢期の自己負担の在り方を考える際には、次のふたつの観点が必要となる。

(1)消費の平準化における現役期と高齢期のバランス問題
(2)医療提供体制の在り方と医療のかかり方の問題、いわばこの国の医療の質の問題

これらの観点から考えていくと、自己負担率の影響を受けやすい低所得者への対策は別途しっかりと行いながら、皆保険下での自己負担率は一律に揃えるという制度設計の望ましさが浮かび上がってくることになる。もっとも、これも遺制と呼べる公的年金等控除があるために、低所得者の基準を設ける際に高齢期にある人たちが有利になる。そうした課題にも速やかに取りかからなければならない。

先人が大失策をやってしまって、後輩たちがその後片付けを何年もかけてやるという話は、1973年の老人医療費無料化に限ったことではない。年金における高在老(65歳以降の高年齢者在職老齢年金)の話もそうである。そのあたりは後日まとめるとして今日のところは、それが善意からであれ、いずれ歪みをもたらす政策がいったんなされると、その後、後輩の政治家や官僚たちが大変な苦労をしなければならなくなるということを確認して終えておこうと思う。

権丈 善一 慶應義塾大学商学部教授

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けんじょう よしかず / Yoshikazu Kenjoh

1962年生まれ。2002年から現職。社会保障審議会、社会保障国民会議、社会保障制度改革国民会議委員、社会保障の教育推進に関する検討会座長などを歴任。著書に『再分配政策の政治経済学』シリーズ(1~7)、『ちょっと気になる社会保障 増補版』、『ちょっと気になる医療と介護 増補版』など。

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