「らしさ」失ったフランスで人々が今夢中なもの 「エミリー、パリへ行く」への違和感と愛情

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「家の周りの風景や建物を知っているからこそ、ストーリーが実際の場所に忠実に作られていることがとても嬉しかったの。あのベーカリー、『de la Mairie』というカフェ、広場にある小さな赤いレストランが物語の中心にあるのを知って、本当にびっくり!」と、現在イスラエルでジャーナリストとして生活しているマリールゥの娘、ロクサーヌは言います。「パリがよく見られるために『パリ』という街を作り上げていないのは、いいことだと思う」。

フランスのいいところだけ映している

一方、SNSではこのドラマは「現実離れ」している、と痛烈に批判も受けています。ドラマのいくつかのシーンは、フランスではほぼありえないですし、「パリのいいところだけ意図的に映している」という声も少なくありません。

ネットフリックスがとても賢い、と感じるのは、フランス人にこのドラマを「売る」には、実際とは異なった部分を作ってそれを皮肉り、そうした現実離れしたシーンをそのまま流すという必要性をわかっていたことでしょう。

「私の働くテレビ番組で、このドラマに対するフランス人とパリっ子の反応についてのコラムをまとめるように頼まれたの」と、ロクサーヌは言います。「1つ言えるのは、パリっ子は『嫌うことが大好きだ』ということ。このドラマはフランスでも人気があるし、周りの友人たちも私に感想を聞いてくる。そのたびにこのドラマがうちの近所で、うちのアパート、ドアの前で撮影されたっていう話を伝えるわ。そうすると毎回、同じ反応。『うそ!信じられない』って」。

そうつまり、フランス人は興味があるから、批判せずにはいられないのです。

それでも多くの人は、素直にこの時期に『エミリー、パリへ行く』を見てよかったと言います。40代の家庭教師のイザベルは、「明るく、前向きで、素敵で、それが私たちの心が今必要としているもの」という理由でこのドラマを楽しんだと言います。

いつも笑顔を絶やさず、あまりにもポジティブな主役のエミリーは、この状況下、私たちに前向きな心と積極性をもたらしてくれました。パリがもはやパリではない暗い時代、パンデミックとロックダウンのこの時代に、『エミリー、パリへ行く』は少し夢を見ながら旅行する機会でもあるのです。

1シーズンの成功を受けて、ドラマの制作チームは先ごろ、2021年にシーズン2の撮影を行うと発表しました(配信は10月ごろの予定)。ただ、マリールゥが住む建物の有名な古い階段(映画の中で非常に重要なセット)は、改装されており(ロケ地として受け取った予算のおかげで)、大きく変わることになります。おそらく、次こそ、監督はパリっ子たちがいかに現代的であるかを見せてくれるのではないでしょうか。

ドラ・トーザン 国際ジャーナリスト、エッセイスト

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Dora Tauzin

フランス・パリ生まれの生粋のパリジェンヌ。ソルボンヌ大学、パリ政治学院卒業。国連本部広報部に勤務ののち、NHKテレビ『フランス語会話』に出演。日本とフランスの懸け橋として、新聞・雑誌への執筆、テレビ・ラジオのコメンテーター、講演会など多方面で活躍。著書に『フランス式いつでもどこでも自分らしく』『パリジェンヌはいくつになっても人生を楽しむ』『好きなことだけで生きる』などがある。2015年、レジオン・ドヌール勲章を受章。公式ホームページはこちら、 Facebookはこちら

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