「河井夫妻裁判」と「オウム裁判」の奇妙な共通点 証言拒否、弁護人解任、不規則発言による妨害

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夫の克行被告が法廷に姿を見せなくなって、単独での審理が進む案里被告が、法廷で号泣することもあった。10月13日、克行被告から現金を受け取ったとする広島市議が出廷。「以前、元法相から恫喝されたことがあり、現金を断れなかった」と証言すると、案里被告が大泣きして、「主人のご無礼を許してください」と発言している。

それに重なるのは、地下鉄サリン事件の実行犯たちの法廷での姿だ。高学歴だった実行犯たちは罪を認めて、事件の一部始終を法廷で証言している。そこでは必ず被害者遺族への謝罪の言葉を口にしていた。「弟子が勝手にやったこと」として無罪を主張している教祖に代わって謝る。号泣する者もいた。

今回の公職選挙法違反事件でも、選挙事務所スタッフなどの証言から、細部にわたって指示を出し、全体を統括していた責任者は克行被告であることで一致している。その首謀者が事件に向き合わずに、共犯者の妻が泣いて謝る。皮肉にも、河井夫妻が裁かれる場所も東京地方裁判所104号法廷で麻原と一緒だ。

同じ法廷で、麻原も証言拒否を続けた。一部の弟子たちも共犯者の法廷で証言拒否をしたことがあった。麻原は不遜な態度で黙り込んだまま、一切なにも語らなかった。宣誓すら拒否した。

弟子たちはもっと要領を得ていて、検察官の尋問に理由を述べたあと「証言を拒否します」とのみ答えて、30分ほどで終了していた。克行被告の証人尋問のように、半日をかけて証言は得られないような混乱もなかった。

克行被告と麻原の違い

結局のところ、麻原は事件と向き合うことを避けた。そこには裁判が自分の望むようにならない強い不満がある。オウム真理教という組織の中で、絶対的な権力を握り、思うがままに無理も押し通して振る舞ってこられたからこそ、裁判では自由にならないことがどうしても受け入れなれない。

河井克行という人物も、安倍晋三前首相の首相補佐官を務め、法務大臣にまでなった。今の菅義偉首相に重用されたとも言われる。地元選挙区では、自分の意向に首を振る人物はいなかったのだろう。恫喝されたという市議の証言もある。

思うところはほとんど叶った。妻を参議院議員にすることにも成功した。それが一転して裁かれる立場となったとき、望むような展開が見えてこない。だから納得がいかないのだろう。それを弁護能力のせいにする。十分な弁護活動ができないという環境のせいにする。それで法廷が混乱する。

おそらくは、克行被告も起訴事実を認めることなく、裁判は終結に向かうはずだ。判決はどうあれ、すでに審理を止めていることからしても、結果的に裁判は長引くことになる。麻原はそれで少しでも長く生き延びることができた。

一方で、克行被告はいまでも国会議員だ。案里被告共々、自民党を離党しても議員辞職はしていない。議員であり続ければ、議員報酬と文書通信交通滞在費、それに6月と12月にボーナスを受け取れる。その額、年に数千万円。裁判が長引いても、やがて政治生命が絶たれるとしても、いまも現金だけは入ってくる。

麻原と克行被告の大きな違いは、そこにある。

青沼 陽一郎 作家・ジャーナリスト

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あおぬま よういちろう / Yoichiro Aonuma

1968年長野県生まれ。早稲田大学卒業。テレビ報道、番組制作の現場にかかわったのち、独立。犯罪事件、社会事象などをテーマにルポルタージュ作品を発表。著書に、『オウム裁判傍笑記』『池袋通り魔との往復書簡』『中国食品工場の秘密』『帰還せず――残留日本兵六〇年目の証言』(いずれも小学館文庫)、『食料植民地ニッポン』(小学館)、『フクシマ カタストロフ――原発汚染と除染の真実』(文藝春秋)などがある。

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