「トランプ亡命説」決して非現実的ではない理由 落選後の選択肢は恩赦、逮捕、そして国外逃亡

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1つの可能性は恩赦です。これには前例があります。1974年にウォーターゲート事件でニクソンは大統領を辞任して、フォードが昇任しました。そのフォードは、大統領権限を行使して前任者のニクソンを恩赦しました。この判断は、結果的に国民の怒りを買い、フォードが1976年の選挙で敗北する原因となったと言われています。

バイデンという人は、もしかしたら社会の分断や混乱を避けるために恩赦をすることを考えるかもしれません。ですが、民主党内の左派は「トランプ的なるもの」への徹底した批判を続けて来ており、恩赦などという発想は許さないでしょう。大統領制の権威と国の尊厳を守るために恩赦すべきという議論はあると思いますが、トランプこそは権威や尊厳を破壊した存在であり、徹底した断罪が必要という声の方が圧倒的になると思われます。

そうなると、2つ目に考えられるのは逮捕・起訴ということになります。この場合ですが、もしかすると大騒動にはならないかもしれません。というのは、仮にトランプが落選した場合には、共和党は「脱トランプ」へと急速にシフトすると考えられるからです。そうなると、トランプを守るということの政治的な動機は薄くなります。トランプ派は別として、共和党の主流派は「トランプを捨てる」可能性がかなりあると思います。

そこで1つの可能性として無視できないのが3番目の「亡命」です。例えば、10月16日、ジョージア州での選挙集会でトランプは次のように放言しています。

「(バイデンに負けたら俺は気分悪いね。)まあ、そうなったら国を出るしかないかもだね、わからないけどね("Maybe I'll have to leave the country? I don't know.")」

つまりバイデンが勝ったら、ひどい世の中になるので亡命するかもしれないというのです。実は「トランプ亡命説」というのは、エンタメ的な観点からはかなり以前から話題となっています。カナダのコメディアンであるジム・キャリーは、今年の前半から、「トランプ亡命説」をネタにしていました。また、ロシアのテレビでも、トランプがプーチンを頼って亡命してくるというネタは、かなり取り上げられているのです。

次期政権と米軍は全力で阻止

ジョージア州の選挙集会での放言は「自分が捕まるから亡命」というのではなく、あくまで「バイデンの世の中は嫌だから国外に行く」という言い方でしたが、そうした考え方が、ポロッと口から飛び出したというのは、やはり自身でも亡命の可能性について考えていたのかもしれません。常識外れのことを口にするだけでなく、本当にやってしまうというのがトランプのパターンだということを考えると、結構冗談では済まないかもしれないのです。

逃げるなら1月20日の前でしょうが、現職大統領が亡命ということになれば、国家機密の漏洩の可能性も含めて前代未聞のスキャンダルとなります。次期政権と米軍が協力してあらゆる手段を講じて阻止することになると思います。

そう考えると、トランプとしては何がなんでも再選されなくてはなりません。ですが、仮に再選されたとしても、上下両院の過半数を民主党に握られた場合、しかも共和党内にも「反トランプ」の動きが顕著な中では、二期目に入った後に、あらためて弾劾という問題が現実味を帯びてくるかもしれません。現在の政局は、大統領選一色ですが、その先にあるのは「大統領の犯罪」という「権力の崖」なのかもしれません。

冷泉彰彦(れいぜい あきひこ)
ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。
「ニューズウィーク日本版」ウェブ編集部

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