田舎暮らしを夢見る人が知らない獣害のヤバさ 「のどかで治安のいい田舎」が消滅しつつある

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いわゆる限界集落と呼ばれる地域では高齢化が進んでいるが、実は食うに困らない人も多い。年金があるからだ。子どもらは町に住み仕事に就いていて、「町で一緒に暮らそう」と誘ってくれるが、親の世代は「生まれ育った村で暮らす方が楽しい」と断る。

暮らしは自給自足に近くて、お金もあまりかからないから年金で十分。昔からの知り合いがいたら寂しくない。だから身体が動かなくなるまで集落に住もうとするのだが……そこに必要なのが生きがいだ。それが農業であったりする。食べるものをつくって金銭的に助かるだけでなく、実は生きがいとして精神的にも田舎の暮らしを支えているのだ。

それを破壊するのが獣害である。半年間、丹精こめて育てた稲や野菜類を一晩でやられてしまえば、絶望する。しかも他人のつくった米や野菜を、金銭で買わねばならない。もしかしたら意気消沈することで病気になる確率も増えるかもしれない。

加えて凶暴なイノシシやクマ、サルの出現は、身の危険を感じさせる。最近は昼間でも出没するから、田畑を訪れたときに鉢合わせする心配もあるのだ。農地だけでなく、山に山菜を採りに行くこともできない。これでは農山村の生活が成り立たなくなる。

「こんなはずではなかった」憧れの田舎暮らし

結果的に自ら集落を捨てることになる。仕事を奪われ、生きがいを失い、身に危険を感じては、いくら自らの故郷であっても住めない。

『獣害列島 増えすぎた日本の野生動物たち』(イースト・プレス)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

過疎化の原因は、子どもらの教育や就職先、農業の衰退、そして買い物や病院通いの交通の便……などいろいろある。どれも正解だが、実は村を離れる直接的なきっかけは、獣害が多いのではないかと私は想像している。野生動物たちの脅威は、村に住み続ける「意欲」を破壊するからだ。

最近は、田舎暮らしのために山間部の家や農地を買い取って移り住んだり、プライベートキャンプ場をつくる目的で森林を購入したりする人も増えてきた。田舎の土地や山林は非常に安くなっているから、買いやすくなったことも一因だろう。

しかし、自分の土地になったら、自ら獣害と向き合わないといけない。自然の中の暮らし、自由なキャンプ……などを期待していたはずが、野生動物の出没におびえ「こんなはずではなかった」と嘆くことにもなりかねない。のどかなはずの田舎には、「獣害」という大問題が潜んでいるのだ。

田中 淳夫 森林ジャーナリスト

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たなか あつお / Atsuo Tanaka

1959年大阪生まれ。奈良県在住。静岡大学農学部林学科卒。探検部の活動を通して野生動物に興味を抱く。同大学を卒業後、出版社、新聞社等を経てフリーの森林ジャーナリストになり、森と人の関係をテーマに執筆活動を続けている。著作は『イノシシと人間』(共著・古今書院)、『森と日本人の1500年』(平凡社新書)、『鹿と日本人―野生との共生1000年の知恵』『樹木葬という選択』(築地書館)、『森は怪しいワンダーランド』『絶望の林業』(新泉社)ほか多数。

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