「DVが殴る蹴るだけ」だと思う人の大いなる誤解 世代間で連鎖する「自覚なき加害者」の奥底
妻は頬の肉が落ち、げっそりしていた。机の端と端に座り、真ん中に栗原さん。そこで栗原さんは妻に向かって、「大変な思いをして、よくここまで来てくださいました。この席に座るのも大変だったと思います」と、山本さんに代わり深々と頭を下げた。妻の表情からは、自分に対する恐怖心や怒りが満ちているように思えた。
妻はA4の紙3枚を差し出した。ぎっしりと「夫にされて嫌だったこと」をメモしてある。そこにはこんなことが書かれていた。
・家族でアイスホッケーを観に行った日、歩くのが遅いと怒ってすたすたと先に行ってしまった
・自分が話してばかりで、人の話はまるで聞かない
・何食べたい?に『なんでもいい』、中華は?に『中華は嫌だ』と言ったら、何でもいいって言ったじゃねえかとキレられた
「えっ、そんなことまで覚えてるんだ、って思いましたね。確かに『話を聞かない』こともよく注意されていたけど、そんなに深刻な悩みだったのかと……」
何を言われても、すべてを受け止めると決め臨んだ面会。山本さんは決意どおり、「すべて直します」と妻に約束し、3枚の紙を持ち帰った。
加害者は「かつての被害者」
「ステップ」理事長の栗原さんは「私が出会ったDV加害者の8~9割は、かつての被害者でした。虐待を受けていたり、DVのある家庭で育っていたり」と言う。ジェンダー観は連鎖する。だから、気づいた人は自分で断ち切らなければいけないのだ、とも。
山本さんも例外ではなかった。男尊女卑や暴力が近い環境で育った。曲がったことが嫌いだという父は、いつも母を怒鳴り散らしていた。家族旅行に行くときも、母や子どもの準備が少しでも遅れようものなら「旅行は中止だ」と憤怒し、本当に中止にしてしまったという。
矛先が山本さんに向くこともあった。小学生の頃の出来事だ。山本さんが振り返る。
「子どもって親のまねするじゃないですか。父が母にそんな態度なので、みんなでカレーを食べていたとき、私、母に『水』って言ったんです。すると父は『水くださいだろ』と怒って、包丁を持って追い回してきたんです。本当に刺すことはないし、母にも私にも実際に殴ることはなかったけど、怒りっぽく暴言がひどい。私はそれを普通だと思って育ってしまったんですね。私は今回、このタイミングでおかしいと気づくことができたけど、兄はいまだに母に対して横柄な態度です」
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