事件から10年、尖閣沖「特攻漁船」船長の末路 突撃取材で明らかになった意外すぎる真実

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そこへ黒のスリムパンツ姿の若い女性が階段を上って入ってきた。東京にもいそうな小柄な女の子で、笑顔が可愛らしい。思わず、娘さんですか、と船長に尋ねると、厳しい顔で「違う。政府の役人だ」と言った。共産党の地元の役員であると知ったのは、私が解放されてからだ。

彼女は椅子を持ってきて、船長の向かいに座ると、親しそうに話を始めた。それから私にパスポートの提示を求めた。彼女はパスポート番号を紙に写し始める。

そこへ緑色の制服をまとった男が2人、階段を上ってやってきた。武装警察官だ。一人は、女性の隣に椅子を並べて座ると、やはりパスポートの提示を求めた。笑みはない。そして、あれやこれや厳しい口調で尋問してきた。

緊張が走る。その間に、私の隣にいた船長は席を立ってどこかへ行ってしまった。もう一人の警官は家族と話をしている。

ひととおりの尋問を終えて、警官は立ち上がってこちらに近づき、急に笑顔をつくって言うのだった。

「彼に接触する人はみんなパスポート番号をチェックする。あなただけ特別なことではないですよ。さあ、これであなたは自由です。話をしてもらってかまいません。ですが、奥さんがこう言っています」

その言葉を受けて、芝居じみたように船長の妻が言った。

「夫はもうどこかへ行ってしまいました。もう、話したくないと言っています」

筆者も受けた取り調べの不条理

日本の巡視船に体当たりをして、中国の領有権を主張した中国の英雄。彼は帰国して3カ月が経っても、仕事にも出してもらえず、政府の監視下に置かれた、事実上の軟禁状態にあった。

その後の中国はもっと取り締まりが厳しくなった。私もあれから5年後に中国国内で拘束され、取り調べを受ける経験をした。同情するつもりはないが、船長が取り調べの鬱憤を語りたくなる気持ちが、今ではわかる気がする。

今年も8月16日に中国の禁漁期間が明けると、尖閣諸島周辺に膨大な数の中国漁船が現れて操業を行っているという。だが、そこにカワハギを獲るあの船長の姿があるかどうかは、不明である。

青沼 陽一郎 作家・ジャーナリスト

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あおぬま よういちろう / Yoichiro Aonuma

1968年長野県生まれ。早稲田大学卒業。テレビ報道、番組制作の現場にかかわったのち、独立。犯罪事件、社会事象などをテーマにルポルタージュ作品を発表。著書に、『オウム裁判傍笑記』『池袋通り魔との往復書簡』『中国食品工場の秘密』『帰還せず――残留日本兵六〇年目の証言』(いずれも小学館文庫)、『食料植民地ニッポン』(小学館)、『フクシマ カタストロフ――原発汚染と除染の真実』(文藝春秋)などがある。

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