周庭氏逮捕「法の支配」からあまりに乖離する訳 中国の欺瞞が国家安全法の運用に見え隠れする

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例えば、国会で法定さえされていれば「女性差別法」を制定してよいはずはなく(内容の適正)、また、何が規制されるのかわからないような不明確な法文をもとに恣意的な逮捕等の運用をしてはならない(手続の適正)

さて、国家安全法および今回の周庭氏の逮捕を「法の支配」の貫徹の文脈で強弁する北京政府。しかし、周庭氏らの逮捕は、7月以降のSNSでの発信が実行行為とはされているものの、7月以降に彼女がほとんど政治的発信をしていないことからすれば、事実上の遡及処罰と言いうる逮捕であり(遡及処罰の禁止)、周庭という象徴的な女性や政府に批判的なメディアの創始者を“狙い撃ち”した可能性からすれば、法およびその運用の一般性も欠く(一般性の欠如)。そもそも、どのような行為をすれば国家安全法違反になるのかもわからないとすれば、法の明確性の要求にも応えていない(明確性の欠如)。

周庭氏や黎智英氏の逮捕からすれば国家安全法自体に規定されている香港市民のデモや報道といった人権保障や自由の尊重など名ばかりとしか言いようがないし、国家安全法の適用に関する中国政府からの出先機関である香港特別行政区国家安全維持委員会の行った決定は「司法審査を受けない」と規定し(14条)、法の支配の最後の砦である裁判所による権力の統制がそもそも欠如している(司法権によるコントロールの欠如)。

中国のうたう「法の支配」は明らかに異質

以上のとおり、国家安全法は、既述の「法の支配」の内実をなす法およびその運用に求められる要素を“すべて”欠くようにしか見えない。同法案によって中国政府が守ろうとする、中国のうたう「法の支配」は、人類が立憲民主主義とともに獲得した法の支配とは明らかに異質のローカルな「“口だけ”法の支配」と言わざるをえない。

安倍政権は、対中安全保障政策の文脈で「法の支配」を繰り返し主張してきた。ならば、今まさに「法の支配」の真の意味を中国に突きつけ、今すぐ不当な逮捕等、およそ近代国家の体をなしていない法の制定と運用による「法の支配」の破壊行為を止めるような働きかけが求められる。そうでなければ、「法の支配」も“言ったもん勝ち”状態の価値のインフレ化が起こるばかりか、異議を唱えないものも、法の支配の価値の蹂躙に対する不作為の共犯者になってしまう。

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