踏まれるほど強くなる「雑草」の凄すぎる生き様 逆境の中で合理的に生きるオオバコの生態

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光を求めて茎を伸ばしても、踏まれてしまうし、体を大きくして競争力を発揮しようとすれば、車に轢かれて倒されてしまう。そんな環境では、競争に強い植物や大きな雑草は生えることができない。

競争に弱かったから、競争の少ない踏まれる場所を選んだのか、踏まれる場所に適応していく中で競争力を失ったのか、そのどちらかはわからないが、おそらく両方の要因があるのだろう。

今やオオバコは踏まれなければ生きていけないほどまでに、踏まれることに適応した進化を遂げている。そして、「踏まれる場所」で圧倒的に優位な地位を築いているのである。

雑草たちの棲み分け

雑草は、どこにでも生えるイメージがあるかもしれないが、そうではない。

実際には、雑草も、自らの強みを活かした場所を選んで生えている。
もちろん、雑草は動くことができないから、自ら場所を選んでいるわけではない。実際には、たくさんの種があり、たくさんの芽生えがあり、その中から自らの強みを発揮できる場所に生えることのできた者だけが、雑草として成功していることになる。

つまり、自らの強みを活かした場所で生えているというのは、結果論である。しかし、自らの強みを活かした場所でなければ生き残れないという真実は明確だ。

『「雑草」という戦略 予測不能な時代をどう生き抜くか』(日本実業出版社)
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私たちは、戦略を選ぶことができる。戦う場所も選ぶことができる。そうであるとすれば、強みを活かした場所を選んで戦わなければならないのだろう。

たとえば、舗装されていない道路を見ると、道には踏まれることに強い雑草が生えている。中でもオオバコのような踏まれることを利用する雑草は、わざわざ車の轍のような、踏まれやすい場所を選んで生えている。

車の轍の間や、道路の脇の方の、少しだけ踏まれるような場所には、また別の種類の雑草が生えている。そして、道路の脇の草刈りが行われているような道ばたでは、また別の種類の雑草が生えている。

そして、道路の外の畑を見れば、耕されることに強い雑草が生えているし、草ぼうぼうの空き地のような場所では、雑草の中でも競争に強い大型の雑草が生えている。

隣り合った環境であっても、生えている雑草の種類は違うのだ。

雑草は、何気なく、どこにでも生えているわけではない。「道路」という空間の中であっても、それぞれの雑草が強みを発揮できる場所に生えているのである。

稲垣 栄洋 静岡大学農学部教授

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いながき ひでひろ / Hidehiro Inagaki

1968年静岡市生まれ。岡山大学大学院修了。専門は雑草生態学。農学博士。自称、みちくさ研究家。農林水産省、静岡県農林技術研究所などを経て、現在、静岡大学大学院教授。『身近な雑草の愉快な生きかた』(ちくま文庫)、『都会の雑草、発見と楽しみ方』 (朝日新書)、『雑草に学ぶ「ルデラル」な生き方』(亜紀書房)など著書50冊以上。

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