セブン村田社長、「オムニ挑戦は宿命だ」

1万8000店をネットと融合、「いつでもどこでも」

「変化への対応」というDNA

「変化への対応」は、ヨーカ堂が上場した1972年当時の新聞広告にも打ち出されていた

セブン-イレブン・ジャパンとイトーヨーカ堂、デニーズジャパンを一本化し、株式移転でセブン&アイHDを設立したのは2005年9月。グループ価値の最大化を狙った改革だったが、そこには時代の変化に対応する必要があった。

市場は、すでに買い手市場に変わっており、商品の寿命も、発売してわずか数週間で売れなくなるという、富士山型から茶筒型、さらにはペンシル型になっている。この「変化への対応」は、イトーヨーカ堂が72年に上場した当初からもっていた経営理念、DNAといえるものだという。上場時に約2年にわたって新聞でメッセージ広告を出したが、その第1弾が「変化への対応」だった。

上場から40年あまり、時代はたしかに動いた。売り手市場だった70年代当時の消費者の姿は十人一色、それがバブル時代になると十人十色に変わり、90年以降のデフレ時代には、多様性を増し「一人十色」となった。

だが、ヨーカ堂も、常に変化に追いついていったわけではない。82年には上場後、初の減益となった。それを機に、スタートしたのが業務改革会議、「業革」をスタートさせた。過去の常識にとらわれず、時代変化に即した仕事の追求をしようというもので、現在も粛々と続けられている。

一方、セブン-イレブンは74年の東京・豊洲への1号店出店以来、常に価値を創造しつつ、変革も進めてきた。1年目には弁当を投入。3年目の77年にはおでん、中華まん、78年におにぎり、サンドイッチ、さらに米飯を朝夜の2便制にした。87年には、この米飯を朝昼夜の3便制した。そして、93年にチルド3便制、サンドイッチのチルド化、焼き立てパンも追加し現在の原型を完成させている。物流システムの革新では、共同配送システムの構築も実現させた。

「付加価値の高い、独自商品をつくる」。創業以来、40年間休まず挑戦してきたのが同社だ。「セブンプレミアム」は、安さが売りだったPBの概念を、「高くても顧客満足度の高いもの」に変えた。パッケージを簡略し、宣伝をやめ、「大量に発注するから安い」という、PBにまつわる「ウソ」の情報に挑戦したという。むしろ、「在庫を残さないのが最大のコスト競争力」(村田社長)であり、売り切れる商品の開発に挑んだ。

2013年からは「セブンカフェ」もスタート。質を追求した商品づくりがうけ、セブンカフェで500億円以上の人気商品に育った。今期は700億円を見込み、高成長が続く。4月からの消費増税の逆風には、7割の商品でリニューアルを実施。セブンプレミアムの鮮度向上を図ることなどで、乗り切る構えだ。

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