「ですから、実を⾔えば、パンドラの箱を開けるような、恐ろしいことをしているのではないかと⾃分でも思ったりします。しかし、いわば何でもアリにしたその結果として、⾃由な発想の作品が⽣まれることになり、たくさんの好意的な反響もいただきました。
でもやはり⽣の⾳楽にはかなわない。ですから、こういったリモート演奏の取り組みも、リアルのアンサンブルのすばらしさに改めて気づくための前向きな実験として捉えられたらよいのではないかと思っています」(山田氏)
また、今後音楽に携わる者は、この状況下にあっても新しい価値を生み出せるかどうかが重要だという。同氏が音楽監督兼理事長をしている東京混声合唱団では、「歌えるマスク」の開発をした。また、作曲家の池辺晋⼀郎氏、上田真樹氏、信長貴富氏とともに、ハミングだけで演奏できる曲をつくり、無料配信している。
「個人的には、銚子電鉄における『ぬれ煎餅』のような発想で、いざとなれば、演奏以外での収⼊を得ていくアイデアも必要になってくるのではないかと思っています。また、マスク開発やハミングの曲は、全国における合唱活動の再開が少しでもスムーズになればという思いも込めています」(山田氏)
重要なのは「原点の心意気を思い出すこと」
最後に、日本の音楽活動が未曾有の困難に直面する今、⾳楽に携わる⼈の志すべきことについても聞いてみた。
「プロの音楽団体も、アマチュアも同じで、原点の⼼意気を思い出すことが重要ではないでしょうか。今活動できていないということは、団体が⽣まれる前と同じ状況です。何もなかったところから⽣まれたパワーっていうのはやっぱりすごいと思うんです。そのパワーの源は何だったのか?というところに⽴ち返ってみる。日本にはオーケストラが多すぎるという指摘もあるのですが、それぞれに⽣まれた意義は確実にあったのです。『あの団体とうちは違うんだ』という強烈な個性が。団がもともと持っていたカラーは何だったか、ということを考えるところにヒントがあるのではないかと思っています」(山田氏)
実際、氏の指摘はまさに、現実になってきているように思える。筆者はたまたま、自主運営オーケストラの新日本フィルハーモニー交響楽団、大きなスポンサーをバックに運営する読売日本交響楽団それぞれの、再開後初のコンサートを体験する機会を得た。
両者は奏でる音の質においてもともとカラーがはっきりしているオーケストラだが、再開後の演奏会では、これまで以上に明確に、それぞれの特徴が表れていたように感じた。また、前者の新日本フィルでは今、デジタルコンサートに力を入れており、7月13日には「渡辺徹と新日本フィルの世界征服計画」と題したライブ配信のコンサートを開催。
シンガーソングライターの矢井田瞳氏を招き、ジャンルを超えて音楽の魅力を広く発信した。
ライブ配信では視聴者同士がチャットをしたり、チャットなどを通じて出演者とコミュニケーションをとることもできる。
13日のコンサートでは多くの「クラシックファン以外」の音楽愛好家が視聴し、オーケストラの基礎知識や、弦楽器の豊かな音、奏者1人ひとりの素顔などに接して、多くのコメントを投稿していたようだ。
確かに、日本の音楽業界は危機に立っている。しかし同時に、大きな変身を遂げようともしている。そんな刺激に満ちた時期に、音楽ファンは立ち会うことができているのだ。
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