専門家会議「廃止」に日本政府への心配が募る訳 中立性・客観性・誠実性の言葉はもう聞けない?

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正式な構成員ではないが、クラスター対策班の一人として参加した西浦博北海道大学教授は、こういったパンデミックに日本では初めて数理モデルを駆使して感染状況を分析した。「行動制限を取らなければ、収束までに42万人が死亡する」との試算や、「人と人との接触を8割減らす」と提言したことで「8割おじさん」と呼ばれるなど、大きな影響を与えた。

4月中旬に、専門家会議としてではなく個人の見解として公表した42万人が死亡するとの推計には、過大でないかとの批判があった。だが当時は、感染爆発を起こしていたイタリアやスペイン、アメリカと同じような曲線を描いて感染者が増えていた時期だ。それが日本であったとしても不思議はない。

1人の感染者が何人に感染させるかを数値化した「実効再生産数」の値によって、推計値は大きく変わるといわれているが、その議論はここではしない。

「政策を決定している」批判の矛先が専門家会議へ

こういった「前のめり」の専門家会議の行動が、いつしか「政策を決定している」との批判に変わっていく。緊急事態宣言や営業の自粛を強いられた店が、その非難の矛先を政府ではなく専門家会議に向けることにもなりかねない。ある会議のメンバーが「一部では脅迫状めいたものがたくさん届いている」と打ち明ける。

筆者が注目したのは、専門家会議が会見で公表した文書の中に記されていた「インテグリティ」という言葉だ。本来は「高い倫理性」を指す言葉だが、脇田座長は「客観性」「政治的中立性」「誠実さ」と説明した。いわば科学者としての良心だ。これまで専門家会議は、根拠のある提言を政治に左右されず臆せず提言し、メンバーは会見で自分の言葉で語りかけてきた。

「はっきり言うのが私たちの務めですから」「ちょっと冷たいということかもしれないけれど」とは、いずれも過去の会見で尾身副座長が発した言葉だ。言いにくいことでもはっきり言うことが、専門家としての責務と感じていたのだろう。

岡部氏に至っては、かつて議事録の公表が問題になったとき、会見の席上、「誰がどういう発言をしたかというのは責任を持ったほうがいいと思うので、できればそういうほう(議事録の公開)がありがたい」と言ってはばからなかった。政府から独立していることの証左でもある。

そういった生の言葉が市民を引きつけたのと引き替え、官僚の作文を読み上げる安倍晋三首相のスピーチは、筆者の心には迫ってこない。おまけに「専門家の皆さんの見解であります」「こうした専門家の皆さんの意見を踏まえれば」と繰り返されれば、政策は専門家会議が決めているとの印象を与えても仕方がない。言ってみれば、政府の責任回避の姿勢が、専門家会議のメンバーのジレンマにつながっていったことは容易に想像がつく。

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