日本医師会長選挙「仁義なき権力闘争」の大混迷 こんなときに、現職が「辞める」を2度翻意

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5月26日夜、横倉氏が電話で出馬しないことを明言したとき、筆者の脳裏に浮かび上がったのは、「これで遺恨の連鎖が途切れる」という安堵感だった。権力闘争を繰り広げる限り、国民の信頼を得ることは難しいからだ。

横倉氏は8日と9日、ネット上の「note」に自らの見解を公表。自分が出馬した理由を説明している。

「不出馬を翻意した理由と経緯」と題する文章では、2度に渡って中川氏に「不出馬」を伝えたことを正直に告白したうえで、身を引くことに予想以上の批判が殺到し、「選挙を行うことの日本医師会のダメージと、会長が交代することによる日本医師会のダメージあるいは、医療界全体に及ぼす影響を計量し、選挙をやるという悪手をうってでも、会長交代は避けるべきだという結論に達した」と打ち明けている。

「選挙を避けるよりも、体制の交代を避ける」

「なぜ、続投でなければならないのか?」と題する文章では、組織の長が代わる引き継ぎによる「ロス」や、交渉相手の責任者が代わることによる「リスク」などを挙げて「選挙を避けるよりも、体制の交代を避けることがより重要性だという認識です」と書いている。

いずれも横倉氏らしい説度のある、理詰めで、しかも実直な文章だ。

だが、裏切られた側には、その思いは届かない。そこで生まれたしこりが、さらなる権力闘争へと導かれていく。

横倉氏から禅譲されると思い込んで選挙運動らしきものはしていない中川氏が、短期間で現職会長と選挙戦を戦う大きなハンデを背負わされている。

いま問われているのは、4期8年に渡って会長を続けながら、後継者を1人も育てられなかった横倉氏の手腕なのではないだろうか。むしろ横倉氏は歴代の副会長を信頼していなかったのではないかとさえ思えてくる。横倉氏の言う「ロス」や「リスク」はそのまま、横倉氏の手腕であることへの認識はあるのだろうか。

2度目の翻意を確認するために、横倉氏に電話を入れたとき、筆者が「熾烈な戦いになると思うが」と問いかけたときの言葉だ。

「なるかもしれんね。でも、禅譲する人(中川氏のこと)に対する批判も強いからね」

であれば、なぜ批判に対して、こう言えなかったのか。

「いや、そんなことはない。信頼する彼に任せておけば、間違いない」

横倉氏は説得する相手を間違えていたのではないだろうか。

コロナ禍の第2波が叫ばれているいまもなお、6月27日の役員選挙に向けた激しい選挙戦が繰り広げられている。

選挙戦に入って、自民党から地方医師会へのプレッシャーは激しさを増している。政治に支配された日本医師会を国民は望んでいない。日本医師会の独立性が失われることになるからだ。

辰濃 哲郎 ノンフィクション作家

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たつの てつろう / Tetsuro Tatsuno

1957年生まれ。慶応義塾大学法学部を卒業後、朝日新聞社に入社。支局、大阪社会部を経て、東京社会部で事件担当や遊軍キャップ、デスクなどを務める。2004年退社。主な著書は『ドキュメント マイナーの誇り―上田・慶応の高校野球革命』 『海の見える病院 語れなかった「雄勝」の真実』、共著は 『歪んだ権威 密着ルポ日本医師会~積怨と権力闘争の舞台裏』 『ドキュメント・東日本大震災 「脇役」たちがつないだ震災医療』。佼成学園高校で甲子園に出場。慶応大学では投手だった。関連して著書に『ドキュメント マイナーの誇り・上田慶応の高校野球革命』がある。

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