顔を出さない「自撮り」が日本の若者に広がる訳 「婉曲的・間接的」に願望を叶える日本的感覚

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このように、現代の若者は以前の「顔の盛れ=自分や友達がどれだけかわいく映っているか」重視の投稿から、あえて顔を隠しながらインスタ映えを目指すという「匿名映え」の傾向が強くなってきた。このような現状になった要因は何か。

まず前提として、近年の若者たちの間でのプチ整形ブームが見られるように、女子たちが自分自身の顔にコンプレックスを抱いていることが挙げられる。コンプレックス自体はいつの時代もあるだろうが、SNSに写真を頻繁に投稿する世代だからこそ強く気になるのかもしれない。

そうした中で、自己評価と他者評価、それぞれの面でネガティブな感情があり、顔を隠すようになったと考えられる。

自己評価とは、つまり「自分の顔が好きではないので載せたくない」という思いだ。よって、自分の顔ではなく、写真全体の世界観や雰囲気(景色や服といった顔以外の要素)を見てほしいと考え、顔を隠した写真を投稿するのではないか。

一方、他者評価とは、「自分の顔を他人に評価されるのが嫌なので載せたくない」という思いだ。これに対しては、顔を隠せば、周りに自身の顔について一切の評価をされることはない。顔なしでもインスタ映えを狙うことはできると気づき、顔を載せない傾向が強まっていったのではないか。

原田の総評:「自撮り」は「婉曲的・間接的」に

最近の若者の最新「自撮り」事情のレポート、いかがでしたでしょうか。

他国の若者が「自撮り」をたくさんSNS上に掲載しているように、これまでも本当は日本の若者だって「自撮り」を載せたかったはずです。でも、他国のようにストレートにそれを表現してしまうと、控えめでシャイな日本人気質の影響で、周りから「目立ちたがり屋」や「自分に自信がある人」とみなされてしまうリスクが発生してしまいます。これを恐れてこれまであまり自撮りを載せることができなかったと推察されます。

しかしここに来て、今回レポートしたように、「婉曲的・間接的」に「自撮り」を載せたいという本来の欲望を実現させる若者たちが増えています。

そこまでして自撮りを載せたいなら、ストレートに載せたらいいのに……と思われる方も多いかもしれませんが、この「婉曲的・間接的」な手法による「自撮り」掲載こそ、日本人気質を表した手法とも言えるかもしれません。

いずれにせよ、若者たちのこの「他者の目」を気にしながら、でも、自分をさりげなくアピールしたいというニーズが出ていることは明らかです。自撮りを載せるときに何らかの“免罪符”となる、いわば「自撮り免罪符」ともなるアイテムや機会を、企業側が若者たちに提供することができれば、きっと若者たちはそれに飛びつくようになると思います。

原田 曜平 マーケティングアナリスト

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はらだ ようへい / Yohei Harada

1977年生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、博報堂に入社。ストラテジックプランニング局、博報堂生活総合研究所、研究開発局を経て、博報堂ブランドデザイン若者研究所リーダー。2018年よりマーケティングアナリストとして活動。2003年、JAAA広告賞・新人部門賞を受賞。著書に『平成トレンド史』『それ、なんで流行ってるの?』『新・オタク経済』『寡欲都市tokyo』などがある。YouTubeはこちら

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