コロナの影響を見誤りかねない商業動態統計 政府統計の「過去は不変」という縛りは問題だ

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たとえば、ある起点の小規模飲食料品店の売上高に、サンプルの前月比をかけていく。この数字は横ばいだったとしても、廃業が進んでいれば、推計を延ばした数字と実際の小規模飲食店全体の売上高との間にはズレが生じてしまう。規模別の数字のズレは、それを積み上げた業種別や小売業全体の伸び率にも影響する。

前回の更新で商業動態統計の推計起点となったのは、2006年度分の商業統計だ。その後、2011年、2013年の全数調査である経済センサスを起点として更新することになっていた。ところが経済産業省の担当課によると、「経済センサスは調査方法が違い、業種の分類が出来ないため、商業動態との間で断層が生じている」との指摘があり、見送られた。

しかし、他方で起点の2006年度時点からは経済の構造が変わっていることから、「このまま商業動態統計の推計を延ばしていいのか」との議論が浮上。直近の2015年経済センサスを調査方法の違いを勘案したうえで起点とすることにした。

「過去の数字は不変」は賃金統計でも問題に

従来、起点を更新する際には、過去の起点と新たな起点の間で変化が徐々に現れ今につながっているとして、過去の起点にさかのぼって数値を算出し直し、改定していた。ところが今回、新たな起点に基づく値は2020年3月に突然、登場した。説明には「公表数値の遡及訂正が与える影響を考慮して」過去の起点にさかのぼっての修正は中止したとある。

調査方法の違いなどをふまえれば、2006年の起点までさかのぼっての改定を行わないことはやむをえないだろう。ただ、2015年12月以降については、新たな起点から推計した数字のほうが、直近の全数調査に基づく、より実態に近い販売額といえるのではないか。

にもかかわらず、新たな起点で推計された販売額はあくまで参考系列として、統計表のなかに埋もれている。2021年2月までの1年間、公表される前年同月比や前月比は、新旧起点のギャップを取り除くという操作を施したものだ。足元の商業の動きを観察するために、データを実態に近づけることより、「過去の数字を変えない」ことが優先事項のようだ。

この「過去を変えない」という縛りは、統計不正で注目を集めた毎月勤労統計でも、賃金動向をひそかに見えにくくさせた要因だった。

毎月勤労統計では2018年1月に賃金上昇率の上振れが起きた。統計委員会が原因を分析するなかで、厚生労働省による長年の統計不正が発覚した。統計不正とは、全数調査すべきところを抽出調査しかつ、修正処理を行わなかったことだ。だが、実は、上振れ要因として大きく作用したのは、この不正よりも、起点の更新だった。

不正があってはならないことはいうまでもないが、「不正によって賃金を上振れさせていた」という批判はいささか的外れだといえる。

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