沢木耕太郎が説く「偶然の出会いに身を委ねよ」 国内旅のエッセイ集『旅のつばくろ』より
もうひとつの絶景
秋の終わりのことだった。山梨の小淵沢で用事を済ませた翌朝、さてどうしようと思った。このまま東京に帰るのはもったいない。
そういえば、小淵沢から長野の小諸に至る小海線にまだ乗ったことがない。もしかしたら、野辺山あたりまで行けば美しい紅葉が見られるかもしれない。万一どこにもなかったら適当な駅で降り、小淵沢に戻ってくればいい。
そう思い決めて、小海線の列車に乗ることにした。途中、確かに美しい水の流れと燃えるような紅葉が織り成す絶景が一カ所あり、それで満足して引き返してもよかったのだが、もっとあるかもしれないと少し欲を出して乗りつづけているうちに、しだいに高度が下がってきて、人里が目立つようになってしまった。
このまま終点まで行ってしまおうか。そう思うようになったのは、小諸には一度も行ったことがなかったからだ。


















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