「買い占め」に走る人々を突き動かす強烈な不安 ほとんど意味がなくても「すがる」ほかない

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だが、あるテレビ番組では「皆さんが巣ごもるためにモノを買いに走り、小売店からモノがなくなる」といった識者のコメントを紹介した。マスメディアは本来このような無責任な予測を発信する立場ではないはずなのだが、このようなパニック買いを誘発する下地がマスメディアによって作り出されていたと考えられる。

すでに3月25日夜の時点で、Twitterには棚がガラガラになった店舗の写真や動画をアップする人々に、さまざまなテレビ番組のスタッフがDM(ダイレクトメッセージ)でやり取りしたいと声を掛けていた。ほどなく「都内スーパーで買いだめ行列」といった見出しで大きく報じられ、それが新たなパニック買いを引き起こしている状況にある。これはトイレットペーパーの騒動とまったく同じ、買いだめ報道→(を見た視聴者による)買いだめ増加→買いだめ報道という不毛のサイクルである。

衝動的なパニック買いにはほとんど意味がない

当たり前だが、まだロックダウンすら正式に予告されていないにもかかわらず、さらにはロックダウンになったとしてもスーパーやドラッグストアなどが閉まる可能性は相当低いにもかかわらず、このような衝動的ともいえるパニック買いを進んで行うことにはほとんど意味がない。むしろ、店舗のマネージャーやスタッフ、流通を支える運送業者などに不必要な負担を強いることになるだけでなく、身体などにハンディを抱えた高齢者や障害者などの「買い物弱者」に無用のストレスを与えることになるだけである。Twitterでは車椅子のユーザーが上の棚にしか商品が残っておらず、手が届かなかったために店員に手伝ってもらったと投稿していた。

3月23日にBBCが、イギリスで買い占めによって食料が買えなくなった看護師の涙の訴えを取り上げていたが、パンデミックへの対応で長時間の緊張にさらされる重要な職業に従事する人たちも、同じスーパーやドラッグストアで買い物をすることすら人々には「想像できない」のである。そして、ひたすら恐怖心に促されて脇目も振らず店先に並ぶのだ。

わたしたちが我先にとパニック買いに走る深層には、トイレットペーパー騒動でも露わになった不安と消費の切り離せない関係性がある。

わかりやすく言えば、わたしたちに付きまとうさまざまな不安が買い物によって「一時的に解消される」のだ。信頼できる証拠やもっともらしい注釈などはもはやどうでもよく、いわば真っ白に光り輝くトイレットペーパーに象徴される商品だけが、わたしたちの内部から発せられる悪臭のような不安を拭ってくれるのである。現在も少なくない人々が「新型コロナウイルスに効く」「免疫力を上げる」といった真偽不明の情報をうのみにして、昨日までは見向きもしなかった商品に殺到している(そのために特定の商品が品薄状態になっている)。まさに「溺れる者はワラをもつかむ」であり、その奥底には「消費による救済」を夢見る心境がある。

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