熱帯林に消えた死の鉄路、泰緬鉄道の戦後75年 「平和と繁栄のルート」への再生も可能だ

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泰緬鉄道の駅はタイ側に36カ所、ビルマ側に19カ所設けられ、空襲を避けるため大半は兵站や作業キャンプ周辺の森の中に置かれた。駅舎は竹や木を組んだ簡素な小屋で、すでに朽ちたり解体されたりして残っていないだろう。

日本軍は終戦間際に泰緬鉄道の文書類を焼却しており、正確な線路や駅の位置は不明だ。ただ、パヤトンズからタンビュザヤ方面に1本の道路が通っている。住民によると、この道はパヤトンズ周辺では線路が敷かれていた上を、ほかの区間は線路にほぼ沿って走っているという。昔は馬でしか通れないような劣悪な道だったが、2011年に軍政から民政移管に伴って発足したテイン・セイン政権が整備を進めた。だが、大部分は未舗装で穴だらけの硬いデコボコ道で、対向車が来たらすれ違えない区間もある。大半は徐行でしか走れず、工事自体も中断か放棄されている様子だった。

水中に横たわる鉄製の桁の残骸

道沿いには、パヤトンズからタンビュザヤにかけて「チョンドー」「アパロン」「メザリ」「タンズン」「タンバヤ」「アナンクイン」「ラバオ」「ウエガレエ」など、日本軍が付けた駅名と同じか、似た名称の集落が点在している。

このうちアパロンはパヤトンズから約20㎞西にあり、一帯はNMSPの影響圏だ。多くのモン族はタイへ出稼ぎに出ており、アパロンやニホン・イド村で流通している通貨はタイのバーツだ。小さな食堂でもミャンマー通貨のチャットは使えない。少数民族武装勢力の支配地域は、政府から独立した経済圏が形成されている証左の1つだ。

桁の残骸と橋脚との位置関係(筆者撮影)

集落の近くにザミ川が流れている。原動機付きの細長い木製ボートで蛇行に沿って5分ほど下ると、川の中央に突き出た巨大なコンクリート製の柱が目に飛び込んできた。それは泰緬鉄道の橋脚だった。高さは水面から約5mもあり、かなり頑丈な構造だ。列車が走っていた桁の部分はなぜかなかった。両岸には、黒ずんだ大きな台形型の橋台が2基ずつ、どっしりと据えられていた。

NMSP幹部によると、この一帯はカレン族武装勢力のカレン民族同盟(KNU)と国軍が、90年代を中心に激しい戦闘を繰り広げた。その際、「KNUは国軍の進行を妨害するため、90年半ばにこの橋を爆破した」という。下流側の水中に、そのときに吹き飛ばされた鉄製の桁の残骸が横たわっていた。

80年近く遡れば、周辺の森には機関庫、停車場司令、電話交換所、無線通信所、工作隊などを配した大型の鉄道基地が設けられ、武器の補給と修理も行われた(『C56南方戦場を行く』岩井健、時事通信社)。大戦に耐え残ったザミ川の橋脚は、約半世紀後にミャンマーの内戦で爆破されるという数奇な道をたどった。川に置き去りにされたその姿は、戦争の無常を孤独に背負い続けているようだった。

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