熱帯林に消えた死の鉄路、泰緬鉄道の戦後75年 「平和と繁栄のルート」への再生も可能だ

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当時、泰緬鉄道はどれだけ機能したのだろうか。「泰緬鉄道 機密文書が明かすアジア太平洋戦争」(吉川利治著、雄山閣)によると、「昭和19年6月ごろまでの運行は順調」で、野戦砲、弾薬、ガソリン、馬などが運ばれた。ただ、単線のため輸送量は限られ、雨季は土砂崩れや橋梁流出、脱線事故が頻発した。さらに空襲を避けて運行は夜間だけになり、物流面の効果は不十分だった。

だが、泰緬鉄道のルート自体は、両国間の物流経路では最適な設定だった。日本軍は8つのルート案を定め、地形などを勘案してスリーパゴダパス経由を選択した。図らずも、英国も泰緬鉄道とほぼ同じルートの鉄道建設を検討していた(広川氏著書など)。タイとビルマの古来の紛争もスリーパゴダパスから攻め込む事例が多く、ルートの優位性は歴史も証明している。

ならば21世紀の今日、日本が積極的に協力して、このルートを平和と繁栄を運ぶ道に再生できないだろうか。鉄道の再整備には、タイ側も含めて時間と予算がかかる。代わりにタンビュザヤ-パヤトンズに大型トラックが通行できる高規格道路を建設し、スリーパゴダパスでタイの幹線道路と接続する方法が効率的だろう。

タイとカンボジア、ベトナム、ラオスの間には、すでに国際幹線道路が通っている。これをミャンマーにつなげば、南シナ海側とインド洋側を貫くインドシナ半島の陸の大動脈が出現する。国際的には知られていないが、モーラミャインから内陸部のKNUの影響地域を通ってパヤトンズまでは、高規格道路に改良が可能な道路が存在しており、これを整備するのも一案だ。

日本企業のサプライチェーンの強化に

これらのルート整備の効果は多岐に広がる。ミャンマーは直接的な経済効果に加え、停戦合意しているモン族、カレン族の勢力地域が経済特区整備などを通じて発展に動き出せば、他の武装勢力と政府の停戦交渉にもプラスとなる。このルートが「和平の果実」の象徴となり、アウンサンスーチー政権が悲願とする国内和平の実現に弾みがつくことが期待される。

ベトナムからタイを通ってミャンマーに至る幹線道路は現在、スリーパゴダパスの北約150㎞で開発中の「東西経済回廊」しかないうえ、沿線全体の人口と産業集積が乏しく、経済効果は薄い。これに対して、日系企業も多数集積するバンコク周辺と最大都市ヤンゴンを最短で結ぶ泰緬鉄道ルートは、貿易・投資の拡大効果で東南アジア諸国連合(ASEAN)各国の成長を促し、日本企業のサプライチェーン(供給網)の強化にも寄与するのは間違いない。

ヤンゴン近郊のティラワ経済特区では2021年2月、トヨタ自動車が現地生産を開始する。将来的に域内の物流需要の増加は確実であり、今からルート整備に着手するべきだ。すべてが「ウィンウィン」のこの経済協力は、日本政府にとっても、ミャンマーをはじめASEAN各国に急接近する中国の一帯一路への牽制にもなる。

何よりも戦後75年を経て、かつての「死の鉄道」を、平和と繁栄の未来につながるルートに生まれ変わらせることができたら、すべての犠牲者の鎮魂にもなるであろう。

今回の原稿は中央公論2019年11月号『朽ちた「死の鉄道」を「平和と繁栄のルート」に』をベースに拡充しました。動画もこちらからご覧いただけます。
深沢 淳一 読売新聞元アジア総局長

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ふかさわ じゅんいち / Junichi Fukasawa

主に経済部を担当し、国際取材に関しては、シンガポールとバンコクに計6年半駐在して、東アジア市場統合、ミャンマー民主化、タイの政変や大洪水などを取材。ASEAN全般に精通。

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