なぜヤンキーはディズニー好きなのか 精神科医・斎藤環×歴史学者・與那覇潤(2)
そして山本太郎だけが残った
與那覇:もし文系で、その数学に似た状態の事例を探すならマルクス学でしょうね。文献学的なマルクス研究の水準は世界屈指でも、実践に結びつけるマルクス主義はめちゃくちゃ弱い。
斎藤:実践なんかできるわけないと、学者たち自身が思い込んでるところがあるんじゃないでしょうか。ある種のニヒリズムが蔓延していて。
與那覇:戦後、西欧型の社会民主主義の政党がうまく育たなかったところにもつながりそうですね。日本社会党にはブレーン集団の学者はいたけど、彼らの世界観はマルクス古典学の世界に閉じていて、実際に党を動かすのはヤンキー系の労組の人たちになっているという。
斎藤:実践にあたるのが末端のヤンキーで、ブレーンは現実を信じてないために、そういう乖離がなかなか解消されない。
與那覇:インテリとヤンキーの共闘に、失敗した事例が社会党だったと……。
斎藤:言わざるを得ないですね。
與那覇:そういう意味では自民党のほうが、ある時期まではうまくハイブリッドしていたといえるわけですね。いわゆる吉田学校から、宏池会にいたるかつての保守本流。
斎藤:そうですね。でも、そこに自民党の知性的限界があったのかもしれません。たとえばスラヴォイ・ジジェクがオキュパイウォールストリートで講演をしたときは、拡声器が禁止だったので人間拡声器が出てきたということがあったわけですが、ああいう光景は反原発ではあり得ない感じでしたよね。遡れば70年代後半以降、知識人が現実とコミットすることをあらかじめあきらめてしまっている構図が連綿としてあった気がします。
與那覇:ただ僕は反原発の場合は、むしろ飛び込んでいった知識人がヤンキー化しすぎてしまった点が問題だったと思うんです。たしかに日本では、ヤンキーと乖離しているかぎりインテリは影響力を持てないけど、「ヤンキーそのもの」になってしまうとそれはそれでダメなわけで。インテリ的な脱原発論こそを望んでる人だって多かったのに、その期待に応えられなかった。電力は、気合いで供給できるものではないですから(笑)。
斎藤:その結果が山本太郎ですよ。
與那覇:こういうペースで原発を減らしていけば何年後にゼロにできますというようなビジョンが欲しかったのに、それは出さずに、みんながとにかく止めちゃえとなっていた。電力が足りなかったらどうするのかといえば、「そこは気合いだ!」みたいな。インテリまでヤンキー化した脱原発論を叫んでいたら、山本太郎だけを残してブームは消えてしまって、かつてインテリ政治家のホープだった細川護煕さんまでが、後追いの「即時ゼロ」論で都知事選に出て負けるという……。
斎藤:その後には「山本太郎はヤンキーか否か?」というくだらない論争も起きていたりするんですけどね(笑)。私は彼を見て「ニューエイジヤンキー」という新しい概念を提唱しています。まあ廃炉まで約半世紀というタイムスパンは、ヤンキー的気合い主義とはすごく相性が悪いと思いますが。
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