企業の社員研修が「無形投資」と言える理由 研修の成果は企業にとっての「資産」となる

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シェアリングエコノミー企業、例えばウーバーやAirbnbなどにとっての価値ある資産は、通常はそこに貢献するサプライヤーのネットワークだ。つまりウーバーなら運転手、Airbnbならホストたちとなる。これまた両者が開発に大量の投資を行った資産として長期的な価値を持つ(だからこそ彼らは、サプライヤーを従業員として扱うよう義務づける法制などを適用されないように投資する)。

ここにはこれ以外にもっと一般的な論点がある。企業による無駄な支出の例を見つけるのは簡単だ。だが企業は市場の圧力の下で活動している。その圧力が存在する限り、無価値なプロジェクトに繰り返し支出していたら、市場から駆逐されてしまう。少なくとも市場部門の企業にとって、その支出が無価値だということはなさそうだ。

組織開発投資の定義については慎重であるべきだが、成功した組織開発が資産に分類されるべきでないという主張は、いささか行きすぎに思える。

研修の成果は誰のものか

研修を無形投資として扱うことに対する反対論は、それが企業の資産ではなく、従業員の資産だというものだ。SNA(国民経済計算)の投資の定義では、所有は定義基準に含まれない。重要なのは、誰が恩恵を受けるかだ。

確かに研修は従業員にとって一般的に価値を生み出すのは事実だし、雇用者はその研修を受けた労働者を雇っている間しかその恩恵を受けられない。社員の1人に一般会計士の資格を取らせるのは、従業員に所属する技能への投資であって、企業に帰属する技能投資ではない。

しかし2つの要素から見て、一部の研修は従業員よりは企業にとっての資産となる。まず、研修の多くはその研修を行う企業にとって有益であると同時に、それ以外の場所ではかなり限られた意義しか持たない。時にはこれは技術的な理由による。ある会社の会計士は研修コースを受けて、その企業で使われるプロセスを学ぶが、それ以外の場所ではそのプロセスは使われていないかもしれない。

例えば自社製監査ソフトウェアの利用研修などだ。この種の研修は従業員たちがその会社固有の複雑なシステムで作業をすることが多いので、かなり一般的なものだ(エスプレッソマシンでコーヒーを作るのは、ある意味では移転可能な技能だ。だがスターバックスのバリスタが学ばねばならない技能の多くは、スターバックス固有の運営手順に固有のものだ)。

第2に、雇用者たちは従業員との合意書を取り交わすことで、研修の果実を他所に持って行きにくくできる。従業員が高価なコースを受講するための費用を負担する会社では、従業員はしばしば一定期間内に退職したらその研修費用を弁済するという合意書に署名させられる。一部の雇用契約は、競合排除条項を含んでおり、従業員が研修や技能を競合他社に持って行くのを難しく――あるいは不可能に――している。

企業は(ありがたいことに)従業員を所有はできないものの、研修については従業員ではなく企業の資産として見ることができるし、そうすべき状況はたくさんある。

ジョナサン・ハスケル インペリアル・カレッジ・ビジネススクール経済学教授

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Jonathan Haskel

スティアン・ウェストレイクと2017年インディゴ賞を共同受賞した。

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スティアン・ウェストレイク イギリス全国イノベーション財団ネスタ・シニアフェロー

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Stian Westlake

ジョナサン・ハスケルと2017年インディゴ賞を共同受賞した。

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