リベラルも保守も再評価すべき「国家」の意味 「新しい地政学」時代の自由民主主義の課題

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だがここ数年、欧米での議論の調子が明らかに変化している。その背景には、トランプ現象やイギリスのEU離脱などに象徴される欧米諸国内部の問題が噴出し、かつての自信過剰が、一気に自信喪失状態に陥っていることがある。

それと同時に中国やロシアなどの冷戦期の2大共産主義国家が、攻撃的な行動を活発化させていることへの危機感がある。グローバル化が進行すれば、いずれはロシアも中国も民主化し、そうなれば軍事力は時代遅れになり、法の支配が国際社会を覆うだろうというリベラルな期待は、どうやら実現しそうもないことが明らかになった。近年の地政学への関心の回帰にはこういう文脈がある。

「新しい地政学」と「伝統的な地政学」の違い

さて地政学とは、広義には国家の行動とその地理的な条件の間の関係を考える学問的アプローチのことだが、マハン流の海洋国家論であれ、マッキンダー流の大陸国家論であれ、国家のおかれた地理的条件によって国家の安全保障がどのように影響をうけるかという問題意識がある。

この議論は、地理的な条件がすべてを決めるという似非科学的な決定論に陥る危険があるだけではなく、ナチが東方拡大を正当化するために利用したので、戦後の世界では評判の芳しくない発想方法として敬遠されてきた。

しかし、日本が中国や北朝鮮の隣に位置していることが、日本人の安全と無関係な訳はないだろう。逆にシリアをはじめとする中東で起こっていることの意味も、もし日本がヨーロッパに位置していれば、まったく異なった認識がされていることだろう。

だが、地理的条件の意味は、さまざまなほかの条件によって変化する。マッキンダーがハートランド(ユーラシア大陸の中心部)の支配が世界の覇権を左右すると論じたのも、鉄道の発達という技術革新によって陸上輸送が飛躍的に進歩したために大陸国家が有利になったという洞察があったからだ。

実際19世紀に統一されたドイツという国も、もし鉄道がなければあのような中央集権的に組織された強力な軍事国家となって20世紀前半のヨーロッパを揺るがすようなことにはならなかっただろう。海洋や地理的距離も、航空機やミサイルの時代が到来し、精密誘導兵器が使われる時代には、かつてと異なった意味を持たざるをえまい。

つまり地政学が現代でも有効であるためには、現代の条件を加味しなくてはならず、旧来のものとは違う、新しい地政学が必要とされているのである。

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