大阪心斎橋に「夜だけ開く診療所」ができたワケ 左半身麻痺の精神科医が目指すもの

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「最初の2、3年は看護師もいなくて注射も先生がしていたんです。でも、片手しか使えないので、患者さんもエッという顔をするし、ヒヤヒヤしたときもあります。5年でここまで大きくなるとは想像してませんでした」

開院後3年で黒字化した。今は毎晩15~20人の患者が来院する。スタッフは臨床心理士8人、看護師5人、事務員4人。みんな昼間は別な仕事をしており、曜日によって顔ぶれが変わる。

佐々木さんによると、片上さんは「上手に周囲と連携しながら、みんなで進んでいきましょう」というリーダー。

「先生を見ていると怖いもの知らずで、思いつきで行動しているような気がしなくはないけど(笑)。患者さんの受け入れを拒否しないとか、人の役に立ちたいという奉仕の精神が軸にあるのはわかるので、みんなついていくのだと思います」

臨床心理士の好井正範さん(29歳)は僧侶でもある変わり種だ。4年前に誘われてアウルクリニックで働き始めたとき、片上さんに「学祭のたこ焼き屋のようなクリニックにしたい」と言われて驚いたそうだ。

「スタッフも働きやすい場にしたいという意味だと思います。普通の病院はドクターがトップで、例えば、僕たちがやる心理検査で別な結果が出ても、先生の診断が絶対です。でも、片上先生はわれわれを並列に扱うというか、“この結果はどう見る?”と心理士の意見を聞いてくださる。そんなドクターはなかなかいないですよ」

これまで辞めたスタッフがいないのも、片上さんのひそかな自慢だ。

大病を乗り越えたことでの変化

患者にもスタッフにも慕われる片上さんだが、大病を乗り越えたことで医師として何か変化した面もあるのか。片上さんの答えは慎重だった。

「なるべく患者の気持ちをわかってあげようという面ではプラスになっているかもしれないけど、自分のほうがしんどいはずやという考え方をしてしまったりもするので、一概には言われへんです」

それでも、周囲の人は変化を感じ取っているようだ。前出の夏川さんは、先輩医師から見た違いをこう語る。

「僕は後輩やから、かわいいなと思っていましたが、病気になる前の徹っちゃんは、ひと言でいうと、ホンマ、いけすかないお医者さんやったと思います(笑)。優秀やったけど、自信満々なんですよ。“俺、医者やから”みたいな感じで。

それが病気をして、普通のことをするのにも苦労する経験をするなかで、そんな、いけすかん部分が消えたなーと。やっと普通の人になった(笑)。まあ、今でも調子乗りやなあとは思いますが、しんどいのとかをよくよく理解できる、患者さんの身になって考えるお医者さんになったなと思いますよ」

だが、片上さんの働き方は度を越えている。その点は夏川さんも、「常勤で働きながら自分のクリニックをやるなんて、障がいがない医師でも二の足を踏む」と指摘する。

実は、それだけではない。土曜日には訪問診療も行っている。認知症や統合失調症の高齢者や生活保護受給者などの家を訪ねたり、グループホームに出向いて診察したり。

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