大阪心斎橋に「夜だけ開く診療所」ができたワケ 左半身麻痺の精神科医が目指すもの

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なぜ、そこまで身を削って働くのか。

「えー、勉強になるし、面白いとしか言いようがないなぁ。え、言葉が足りない?じゃあ、面白いし、もうかるから(笑)」

とぼけた返答に、ストレートに切り込んでみた。

「人の役に立ちたいという強い思いですか?」

妻にだけ見せる素顔

「きっかけはそうかな。イエスさんも、人の役に立つと自分が楽になるって教えているじゃないですか。それと、例えば、あなたもいろいろ悩みはあるでしょうが、仕事をしている今この瞬間はシャキッとして、悩みは忘れているでしょう? 僕も同じですよ。

今でも、両手を使える人がうらやましいなとか、こんなはずじゃなかったのにとか、ふとした瞬間に思ってしまいます。でも、そればっか考えて、くよくよしていてもしゃあないので、できることに目を向けていこうかと」

動かない左手のかわりに歯を使って、ファスナーを上げたり紐を結んだり。パソコンを打つのは遅いため、右手だけで早打ちできるiPhoneをメインに使うなど、工夫をしている(撮影:渡邉智)

ただ、このままのペースで続けられるのは「30代の間かな」と、片上さんも無理をしていることは認める。

夜23時に診察を終えると大阪市内の自宅にタクシーで帰宅。1年前に結婚した妻の美保子さん(35歳)が作った夕食を家で食べる。すぐ寝ようとしても、疲れすぎて寝つけない日もあると美保子さんは心配する。

「たまーに、朝、“仕事に行きたくない”と子どもみたいにグズることがあります(笑)。でもまあ、気にせず家から出すと、意外と大丈夫だったと笑いながら帰ってくるんですけど、本人も精神的に結構きついんだろうなとは、日々感じますね。

かといって、もし夕方で仕事が終わって帰ってきても何かせずにはいられないかも。今でも次の日がお休みだと、夜中の2時に公園でキャッチボールをしようとか言い出す人なので(笑)」

ある夜、寝る前に夫から話を聞いてほしいと突然切り出された。何年も前から通院していた年配の男性がよくなり、今日で治療が終了した。「本当にクリニックをやっていてよかった」と改まった口調で話す夫の姿に、「人を助けたい」という強い気持ちがあるのを感じたと美保子さんは言う。

「主人は人に頼られるのも好きなんだと思います。自分がいなくなったらみんな困るよな、患者さんのためにこの時間は空けておかないととか、よく言ってますから」

片上さんに将来に向けてのビジョンを聞くと、「大阪府知事になりたい。文部科学大臣でもいい」と突拍子もない答えが返ってきた。

「別に政治家になりたいわけじゃなくて、教育システムを変えたいんです。リストカットをしてしまう人とかは、自分に自信がなくて自己肯定感が低いことが多い。うちに来る患者の3、4割はそんな感じがします。経済的に困窮していて母子関係も悪かったりすると、家族システムだけに任せるのは厳しい。そういう人を万単位で救うのは、教育しかないと思います。

橋下(徹元大阪府知事)さんの二番煎じくらいのことができたら、無茶苦茶おもろいですよ。大阪のキー局は全部出たので、次は東京のテレビ局に呼んでもらって、知名度を上げないと!

すぐ茶化して笑いにまぶすが、実は誰より負けず嫌いでブレない軸を持つ片上さん。周りの人をどんどん巻き込む愛される人柄と抜群の行動力で、次は何をやらかしてくれるのか─―。

【取材・文】
萩原絹代(はぎわら きぬよ)/大学卒業後、週刊誌の記者を経て、フリーのライターになる。'90 年に渡米してニューヨークのビジュアルアート大学を卒業。'95 年に帰国後は社会問題、教育、育児などをテーマに、週刊誌や月刊誌に寄稿。著書に『死ぬまで一人』がある。
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