イラン司令官暗殺を非難するロシアの論理と心理 「勢力圏」「被害者意識」で考える大国の地政学
そこで問題になるのが、ロシアのいう「半主権国家」がどの大国の勢力圏に組み込まれるかである。旧ソ連についていえば、中央アジア諸国がNATOやEUなどの「西側」に組み込まれることは地理的にも文化的にも考えがたい。ベラルーシやアルメニアのようにロシアの政治・経済・軍事同盟体制に組み込まれた国々も、大規模な政変が起きない限り当面はロシアの「勢力圏」にとどまろう。
しかし、欧州部にあってロシアとの同盟を拒否しているアゼルバイジャン、ウクライナ、ジョージア、モルドバなどはこの限りではない。とくにウクライナとジョージアは実際にNATOおよびEUへの加盟を標榜しており、ロシアは危機感を募らせてきた。
ここに拍車をかけているのがロシアの陰謀論的な世界観である。ロシアの軍人や保守的政治家たちの言説においては、アメリカが旧ソ連や中東で人為的に政変を引き起こし、都合の悪い政権を打倒しているのだという認識が度々登場する。こうした言説は2000年代に旧ソ連諸国で相次いだ政変をきっかけに台頭し、2010年代に中東で発生した「アラブの春」や2014年のウクライナ政変で頂点に達した。
つまり、アメリカは世界各地で「戦争に見えない戦争」を仕掛けているのであり、その結果、ロシアの勢力圏や中東における友好国(リビアのカダフィ政権など)が次々と崩壊させられているとロシアは見たのである。
こうした陰謀論的認識はプーチン大統領の演説や『軍事ドクトリン』をはじめとする安全保障政策文書にも登場するし、ロシア軍の大規模軍事演習も大抵は「外国の干渉によって友好国で政権崩壊が発生することを防ぐ」という想定で実施される。
このような世界観に立てば、ウクライナへの介入は、アメリカによる「勢力圏」切り崩し工作への防衛的行動ということに(ロシアの論理では)なるし、シリアやイラン(両国はロシアの「勢力圏」には含まれないが中東の重要友好国ではある)についても同様の理解が成り立つ。
隣人の頭の中
もちろん、以上はあくまでもロシアから見た世界にすぎず、しかもそこに多分に陰謀論的な色彩が見られることも事実ではある。しかし、ロシアのような大国が何らかの主観を抱くとき、それは現実世界のあり方にも影響を与えずにはおかない。これはロシアの隣国である日本としても看過できない現実である。
北方領土交渉を例に取ってみよう。プーチン大統領は近年、日本の主権について度々言及している。その核心は、日本がドイツと同様に安全保障をアメリカに依存している以上、完全な主権国家ではないというものだ。すなわち、日本はドイツと同様に安全保障をアメリカに依存しており、アメリカによって主権を制限されているというものだ。
したがって、返還後の北方領土に米軍基地を置かせないと日本側がいくら約束しても、アメリカが強く主張すれば日本には拒否権はないはずであり、日米安保体制が継続する限りは北方領土を引き渡すことはできないとプーチン大統領は主張するのである。
これが北方領土問題に関するロシアの中心的な懸念であるのか、単に交渉を引き伸ばすための戦術にすぎないのかは別に検討すべき課題であるとしても、ロシアの世界観を知らずしては領土問題をめぐる議論もかみ合わないことは明らかであろう。まずは「隣人の頭の中」を知ることが日本としての戦略の基礎になる。
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