イラン司令官暗殺を非難するロシアの論理と心理 「勢力圏」「被害者意識」で考える大国の地政学
まず、旧ソ連諸国への介入を繰り返すロシアがどのような論理でアメリカの軍事力行使を非難しているのかを確認しておこう。端的に言えば、それが「内政干渉」だというのがロシアの主張である。古典的な国家間関係の論理で言えば、国家はその領域内で絶対的な主権を有し、外国による干渉を受けない権利を有している。
冷戦後の国際社会では、国家が破綻して自国民を保護できていない場合には、国連等が人道的介入を行うべきだという「保護する責任」論が主流となっているが、ロシアはこうした論調に頑として反対してきた。
シリア内戦についても、「ロシアの介入はシリア政府の要請を受けたものであるから合法であり、アメリカの介入はそうでないから違法である」という立場を貫いている。この意味では、ロシアは秩序を乱しているのではなく、むしろ忠実すぎるくらいに古典的な国家間秩序を順守しているとさえ言える。
では、そのロシアが旧ソ連諸国に対して繰り返す介入はどのように正当化されるのか。これも一言でまとめると、ロシアは旧ソ連諸国を完全な「外国」と見なしていない、ということになろう。
というのも、旧ソ連諸国は帝政時代からロシアの支配下にあった「歴史的空間」であるうえ、旧ソ連欧州部はロシア系住民や、文化・言語などを共有するウクライナ人・ベラルーシ人などの「兄弟民族」の暮らす地だからである。
ロシアの民族主義者からすれば、ソ連の崩壊という政治的出来事だけを持ってこの紐帯が断ち切られるという事態は受け入れがたいのであって、旧ソ連諸国は「法的にはロシアではないかもしれないが、心情的にはロシア」という特殊な地域と映る。
つまり、「ロシア」の範囲は国境線を越えて広がっている、という境界観である。古めかしい語彙を持ち出すならば、旧ソ連諸国はロシアの「勢力圏」とみなされていることになろう。
力の論理
旧ソ連におけるロシアの振る舞いを理解するうえで重要な要素がもう1つある。ある国家が主権を保持できるかどうかは、当該国の「力」、もっと言ってしまえば軍事力によって左右されるという考え方である。
2017年、プーチン大統領が「ドイツは主権国家ではない」と述べたことは、こうした主権観を示す格好のエピソードと言えよう。プーチン大統領によれば、ドイツは安全保障を同盟(NATO)に依存しており、それゆえに「上位の存在(アメリカ)」によって主権を制限されているという。
他方、プーチン大統領が「真の主権国家」の例として挙げたのは中国とインドである。両国が独自の核戦力を保有し、非同盟路線を取っていることは偶然ではないだろう。
このような観点からすれば、旧ソ連で「真の主権国家」と呼べる国はロシアだけである。旧ソ連諸国中で核兵器を保有しているのはロシアだけであり、それ以外の国は核兵器はもちろん、(ウクライナを除いて)5万人以下の小規模な軍隊しか持っていない。
したがって、こうした国々はいずれかの大国の勢力圏内でしか生きられない「半主権国家」であるとロシアは見なすのである。今やロシアの半保護国となったシリアについても同様であろう。
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