「PISA読解力低下」は子どもたちからのSOS 日本の教育のために大人が気づくべきこと

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でも、不思議ではありませんか。印籠を使っている人なんて、戦後はほとんどいません。日本史でも教えません。日常会話でも、まず出てこないでしょう。にもかかわらず30代以上の世代の圧倒的多数がその言葉を知っているのは、もちろんTBSの長寿番組であった「水戸黄門」の影響です。

ウィキペディアによれば全1227回の平均視聴率22.2%、最高視聴率は1979年2月5日に記録した43.7%。80年代までに幼年期を過ごした層である30代は、自分の好き嫌いは別として「水戸黄門」を見たことがあるに違いありません。

けれども、家族1人1台テレビ時代、ゲームとインターネットの中で育った90年代以降の世代は、「水戸黄門」を知らないまま育つことが多いので、「印籠」の認知率は急激に下がっています。同様に、やかん、急須、ツバメ、わら、などの語を聞いたことがない、という子どもは急増しています。 

「印籠を知らなくて何か困ることがあるの?」と思うかもしれません。もちろん「印籠」という言葉自体は知らなくてもたいして困りません。ここで強調したかったことは、語彙の種類や量は環境要因で大きく左右される、という事実です。実際、アメリカではこの手の調査はよく行われていて、3歳に達するまでに、高学歴家庭と貧困家庭で育った子どもが日常的に聞く語数の差は延べ3000万語に達するとの調査結果もあります。

語彙の格差は学校教育ではなかなか埋まりません。小学校低学年では、学校よりも家庭で過ごす時間のほうが長いので、どうしても家庭の語彙量の差をそのまま反映してしまうからでしょう。

さて、字が読め、十分な語彙量があれば、不自由なく文章を読むことができるでしょうか。

読解に必要なのは構文と機能語の理解

いいえ。それでもまだ十分ではありません。そのことを科学的な形で示したのが、リーディングスキルテスト(RST)だと私は考えています。RSTとは、「さまざまな分野の、事実について書かれている短い文章を正確に読めるかどうか」の能力を6分野7項目の異なる観点から簡易的に診断します。

事実について書かれている文にはどのようなものがあるでしょう。仕事上のメール、新聞やネットメディア、商品説明書やマニュアル、マンションや保険の契約書、確定申告書や離婚届の提出の仕方まで、基本的に文芸を除くほぼすべての文章だと考えていただくとわかりやすいかと思います。

もちろん文芸の中にも事実について書かれている文は多く出てきます。ですが、主観的な描写を筆者や背景などを踏まえたうえで、登場人物や筆者の観点から理解する、というタイプの読解力はRSTでは扱いません。

RSTは私たちの研究グループが2016年に考案したテストで、これまでのべ20万人以上が受検しました。小学6年生から大人まで、誰でも受検することができ、受検者の基礎的・汎用的読解能力をかなりの精度で測ることができます。

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