ただ、そうした高血圧薬などの状況を念頭に置くと、最盛期の売上高(2005年度)から売上高が4割減(2015年度)までに10年を要しているデパスは、ジェネリック医薬品の侵食がかなり緩やかである。
また、連載第1回で紹介した厚生労働省のNDBオープンデータを見ても、デパスの場合、最もよく使われている0.5mg錠の2016年までの長期収載品(新薬)の年間処方総量は、ジェネリック医薬品の処方量上位約10社分の年間処方総量合計よりも多かったという現実がある。
以前から関係者の間では精神疾患では、薬に対する患者のこだわりが強いと言われており、そうした影響があったと考えられる。しかも、デパスのように依存も起こしやすい薬の場合、こうした傾向はより顕著だろう。実際、ある保険調剤薬局に勤務する薬剤師はこう口にする。
「うちに来局する患者さんがジェネリック医薬品に変えたがらないトップ5の1つがデパスです。同じ成分ですからとジェネリック医薬品への変更を提案しても『いやデパスのままがいいの』と言われることは多いですね。このやり取りでデパスの依存性という現実を改めて実感させられます」
田辺三菱製薬内でデパスの存在感は低下
もっとも、すでに過去10年ほどでデパスを扱う田辺三菱製薬の環境は変化し始めている。第4回で精神科医の中野輝基氏が指摘したように、デパスが処方されやすかった不安障害で本来の標準治療薬は選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)。もともと田辺三菱製薬の製品群にSSRIはなかったが、2011年からは精神科領域に強みを持つことを買われて、ほかの製薬企業のSSRIを共同販売することになった。
これに加え、前述のジェネリック医薬品による侵食がようやくデパスにも及んできたこともあり、同社内でのデパスの存在感が失われてきたことは社員らの証言からもうかがえる。
「デパスが自社グループの製品であることはもちろん認識していますが、最近社内で名前を耳にすることもほとんどありません」(田辺三菱製薬・中堅社員)
「2011年のSSRIの共同販売開始後、現場での注力はSSRI一辺倒。医師にデパスをプロモーションすることも、医師からデパスの情報を求められたことも私の記憶ではまったくありませんでした」(田辺三菱製薬・元社員)
もっともこの元社員はあるときに医師から暗にデパスのことを指す話を振られたことがあるという。それは2018年4月の診療報酬改定直後のことだ。
このときの改定では、抗不安薬、睡眠薬、抗うつ薬、抗精神病薬のいずれかを3種類以上か抗不安薬および睡眠薬を合わせて4種類以上処方した場合、医師が受け取る処方料、処方箋料を通常より減額することが決まった。これは複数種類の薬が漫然と長期間にわたって処方されていることが多い精神疾患での薬剤適正使用を狙ったものだ。
元社員は次のように語った。
「医師から『ほら、おたくのアレが切ること(処方中止)ができないから、今回の診療報酬改定でうちは減額されてしまうよ』と言われました。アレがデパスを意味することはすぐわかりました」