政府「高級ホテルを50カ所」に反対する人の盲点 「地方の良質な雇用」を増やす賢い投資になる

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それに加えて、「高級ホテル開発」にはもう1つ、地方に大きなメリットがあります。

『中小企業白書』によると、2016年度の日本の飲食・宿泊業の労働生産性は群を抜いて低い194万円。全国平均の546万円の約35%にすぎません。当然それによって、所得水準も他業種と比べて著しく低くなっています。

5つ星ホテルのスタッフは「高賃金」である

日本には数が少ないのであまり理解されていませんが、5つ星ホテルと3つ星ホテルの最大の違いは「人材」です。部屋の豪華さや設備の充実度合いは、実は5つ星も3つ星もそれほど大きくは違いません。

富裕層は質の高いサービスに慣れており、ホテル側にもさまざまなリクエストをしてきます。このような客に対して臨機応変に対応できる優秀な人材を多くそろえているホテルが、5つ星という評価を受けるのです。当然、このような人材は、3つ星ホテルで働く人よりも給料が高くなります。

高級ホテルが50カ所できるということは、最も高い所得が期待できるホテルが全国で増えていくということですので、宿泊業界の賃金の底上げも期待できます。

豪華な設備だけならば、経済効果は建設のときだけにとどまりますが、所得の違いは持続的に、地方に大きな経済効果をもたらします。これは地方創生にも大きく貢献するでしょう。

海外から観光客を呼ぶなら、人数はできるだけ少なく、単価はできるだけ高いほうが経済的に好ましいですし、オーバーツーリズムのデメリットも少なくなります。それに加えて、賃金が上がって生産性が上がっていくことこそ今の日本にとって最高の「国益」だということは、これまでの記事で何度もご説明したとおりです。

つまり、「高級ホテル開発50カ所の支援」は、財政投融資としても高い投資効果が期待できる、「国益」にそぐう経済政策なのです。

日本政府が4000万人という人数の目標だけではなく、8兆円という観光収入の目標を設けた最大の理由は、観光戦略によって「地方創生」を実現したいという決意からです。

どんなに外国人観光客でにぎわっても、彼らから多くのお金が落ちないことには、地方創生にはつながりません。外国人観光客に最も効果的に、最も確実にお金を落としてもらう方法は、宿泊費の単価を上げることです。それには、富裕層向けのホテルの整備は避けては通れません。

日本の観光戦略は、人口減少という危機に対応していくという日本特有の視点から、いかにして付加価値の高い産業へ育成すべきかがつねに議論され、実行されてきました。その成果がいま、着々と出てきています。

今回の「高級ホテル開発50カ所」も、地方創生に大いに貢献してくれるのではないかと期待しています。

デービッド・アトキンソン 小西美術工藝社社長

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David Atkinson

元ゴールドマン・サックスアナリスト。裏千家茶名「宗真」拝受。1965年イギリス生まれ。オックスフォード大学「日本学」専攻。1992年にゴールドマン・サックス入社。日本の不良債権の実態を暴くリポートを発表し注目を浴びる。1998年に同社managing director(取締役)、2006年にpartner(共同出資者)となるが、マネーゲームを達観するに至り、2007年に退社。1999年に裏千家入門、2006年茶名「宗真」を拝受。2009年、創立300年余りの国宝・重要文化財の補修を手がける小西美術工藝社入社、取締役就任。2010年代表取締役会長、2011年同会長兼社長に就任し、日本の伝統文化を守りつつ伝統文化財をめぐる行政や業界の改革への提言を続けている。

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