アンタッチャブル復活に人々が超感動した理由 「いやいやいや、まだ終われませんから」

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そんな山崎の立場から見れば、アンタッチャブルが復活するにはこの番組しかなかったし、この演出しかなかった。先輩であり恩人でもある有田のもとで、一切の説明も言い訳もなく、アンタッチャブルがただ漫才師として堂々と復活する。これこそが、芸人としての山崎が思い描いた理想のシナリオだったのではないか。

漫才の途中でも印象的な場面があった。始まってから多少のやり取りがあった開始1分程度のところで、柴田が漫才を終えようと頭を下げたのだ。すると、山崎がそれを制止して「いやいやいや、まだ終われませんから」と言い、漫才を続行させたのだ。個人的にはこの場面にグッときた。

柴田は、自分が悪いことをして山崎に迷惑をかけたという引け目がある。だから、「もうこのぐらいで十分だよ」という意味で途中で切り上げようとしたのだろう。でも、山崎はそれを許さなかった。そこから伝わってくるのは、アンタッチャブルというコンビの一員としての山崎のプライドだ。無粋ながら、このときの彼の気持ちを勝手に代弁するならこうだ。

「俺たちの漫才はまだまだこんなもんじゃないだろ?」

そして2人は漫才を続けた。4分間たっぷりと。「M-1グランプリ」の規定時間とちょうど同じぐらいの長さだった。その漫才の出来は、アンタッチャブル復活を印象づけるものだった。柴田が頭を下げたあの場面で終わっていたら、アンタッチャブルの復活は1つのイベントとして終わっていただろう。最後まで漫才をやり切ったことで、アンタッチャブルは正式に漫才師として復活を遂げたのだ。

10年経っても揺るがない「信頼関係」

最近の若手芸人の中には、照れもなくお互いを本気で褒め合うような仲良しコンビが多い。アンタッチャブルにはそういう意味での仲のよさはない。人前でベタベタするような関係ではないのだ。だが、彼らには芸人としての絶対的な信頼関係がある。だからこそ、10年ぶりにセンターマイクを挟んで向かい合った瞬間に、あれほどの漫才ができるのだ。

彼らが思っていることは言葉では語られず、ネタという形で示される。彼らが積み上げてきた時間の重みが、彼らの芸人としての魅力が、そこには凝縮されている。アンタッチャブルの復活劇が人々の心を動かしたのは、漫才を見ただけでそれが伝わってきたからだ。

ラリー遠田 作家・ライター、お笑い評論家

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らりーとおだ / Larry Tooda

主にお笑いに関する評論、執筆、インタビュー取材、コメント提供、講演、イベント企画・出演などを手がける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)など著書多数。

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