インフル「耐性」を極度に恐れる必要はない理由 1回服用で済む薬「ゾフルーザ」への期待と懸念

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耐性ウイルスが増えるというのは公衆衛生上の大きな問題だが、インフルエンザ感染に苦しむ患者にとって優先順位は低い。私は患者が希望すれば、基本的に処方するようにしている。もし、私が処方を断っても、その患者はほかのクリニックを受診するだけだろう。

患者視点と公衆衛生学視点のバランスが重要

今回のゾフルーザ耐性の報道で疑問に感じるのは、耐性化のリスクを過剰に喧伝し、別の視点を提供していないことだ。

薬剤耐性は世界の医療界が抱える深刻な問題だ。結核菌、緑膿菌、大腸菌、HIVウイルス、肝炎ウイルスなど多くの病原菌で耐性株が報告されている。

ただ、このような病原体とインフルエンザは同列に議論すべきではない。インフルエンザは、結核菌や大腸菌、HIV・肝炎ウイルスのように慢性感染しない。患者の免疫力で完全に排除され、他者に感染させなければ、消滅してしまう。

また、インフルエンザはヒトなどの宿主に依存し、緑膿菌のように環境中で独自に生存できない。今年、変異したものが、来年以降に生き残れるかは疑問だ。耐性遺伝子は1代限りで終わってしまう。

この問題を考えるうえで参考になるのは、2008~2009年にかけての流行だ。この年は前年に引き続きH1N1型が流行し、その大部分がタミフル耐性であった。国立感染症研究所の報告によると、その頻度は99.6%に達した。

ところが、タミフル耐性はその後問題となっていない。2009~2010年には新型インフルエンザが流行し、このタイプのインフルエンザウイルスは消えてしまった。現在もタミフルは有効な薬剤だ。

もちろん、私もゾフルーザの濫用は控えるべきと考える。ただ、1回の服用で済むゾフルーザは魅力的だ。患者の視点に立った議論が必要ではなかろうか。その際、耐性のリスクについても正確な情報をシェアすることだ。最近のゾフルーザたたきには公衆衛生学的な視点が強調されすぎ、違和感を抱かざるをえない。患者視点と公衆衛生学視点のバランスが重要だ。

上 昌広 医療ガバナンス研究所理事長

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かみ まさひろ / Masahiro Kami

1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。

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