奥信濃で暮らす老人たちの「自由自在」な生き様 「しょうがねぇ」の精神で生きる豪快さ

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──ダサいのが逆にいい、みたいな“上から目線”はまったくない。

ストレートにカッコいい。僕が好きなヒップホップも、サンプリングといって、もともとあるものに手を加えて新しい表現にしていく文化。それこそ古典文学だの民謡の歌詞だのから、響く箇所や面白いところを自分に取り入れる。

僕よりも何十年も、しかも地元で長く生きてる人たちのそういう格好がスッと入ってきて、一度離れてみて、改めていいなと思った。ヒップホップで「レぺゼンする」って言葉があって、“地元を代表する”じゃないけど“俺はこの町で生きてきた”みたいな話が大事っていうのがある。でも自分はまだそんなこと言えてない、東京に負けてる感をどうにかしたい、ってモヤモヤしてる部分があった。

狙わなくても面白い日常がある

──確かにページをめくっていて、じいちゃんばあちゃんとヒップホップって、案外根っこは近いか同じなのかも、と思いました。同じ目線の高さでリスペクトしてる。

小林直博(こばやしなおひろ)/1991年生まれ。長野県飯山市在住。城西大学経済学部卒業後、2013年、生まれ育った奥信濃のじいちゃんばあちゃんたちを発信するフリーペーパー「鶴と亀」を創刊。編集部は兄・徹也氏との2人。フリー編集者として全国を飛び回る一方、実家で米作りも。(撮影:鈴木紳平)

ちょうど自分が埼玉や東京にいた頃、地方創生みたいな言葉でメディアが盛んに地方特集を組んでいた。大抵が、地方はほんわか豊かな暮らし、みたいなキレイな作りだったんです、当時。でも違う部分はいっぱい。ご飯粒が髪の毛に付いてたり、長靴に乾いた泥がこびり付いてたり、米倉に仕掛けた粘着シートにネズミが3匹かかってて、「でも死んでらー」みたいなの、日常以外の何物でもない。

──どの写真もよーく見ると、何だか面白い。まじめな顔でポーズを決めながら社会の窓全開、は序の口として。狙って撮りました?

狙うも何もそういうじいちゃんばあちゃんばかりなので。うちもそうなんですけど、1つの部屋にカレンダー6つとか平気で掛けてある。そういうのは“こっちあるある”で、外から目線で面白いと思って撮るわけじゃなく、日常的なストックで、狙わなくても自然にいる、あるって感じですね。

──自分たちの顔が全国に発信されたことへのみんなの感想は?

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