クー:バランスシート不況は、大多数の民間企業が利益の最大化よりも、債務の最小化(バランスシートの回復)を優先させることで、マクロ経済が悪循環に陥るという経済理論ですが、当初は強く批判されました。
着想を得たきっかけは、日本の企業の資金調達のグラフを眺めながら疑問を持ったことでした。バブル期には確かに資金調達は盛んで、バブル崩壊後には下がっていっています。それは当然です。しかし、ゼロ金利に近づいた状況でも、企業の資金調達は回復するどころかマイナスになっていました。
一般に、金利が低くなれば企業の資金調達、つまり投資は増えるはずですが、そうなっていない。ゼロ金利で資金調達がマイナスとはどういう状況なのか、そこに疑問を持ったのが、あの発想がでてきたきっかけです。
多くの民間企業の財務に相当問題があって、借金を圧縮しなくちゃならない。つまり、債務超過になっている可能性が考えられました。野村総研にいると、日本の企業の方との接点が沢山あります。実際、当時、お会いした方々に聞くと、皆さん「大きな声では言えないけど(債務超過で)大変だ」と口をそろえていました。
それまでの経済学は、民間企業は利益の最大化を目指すという前提で理論化されていましたから、企業が利益の最大化より債務の最小化を優先する必要があることを、誰も考えてもいませんでした。ところが、実際に企業の人にお会いすると、違うことが起こっていることがわかったんです。そこから生まれたのが「バランスシート不況理論」でした。
理論が支持されるまで10年かかった
船橋:けれど最初はたたかれた。
クー:はい。そんなことは起こりえないと、日本だけではなく、アメリカでもバッシングを受けました。
のちにノーベル経済学賞を受賞することになるポール・クルーグマンとも論争しましたが、当時の彼は、「輪転機さえ回せば(通貨の流通量を増やせば)必ず景気がよくなる。日銀は何を考えているんだ」と言いましたが、私は「借り手がいないときに、紙幣を増やしても無駄だ。金は銀行までは行っても、その先には出ない」と反論しました。最終的には彼は私の理論を支持してくれましたが、10年もかかりました。
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