船橋:中国通貨当局の姿勢は元高志向に向かっていますか。
クー:一生懸命やっていますよ。
船橋:アジア各国の通貨をドル安に誘導するような為替調整が必要ということですね。しかし、中期的に見ると、中国の経常黒字はだんだん減っていく。賃金も上がっていくでしょう。そうなると、元高に対する中国当局の抵抗は強まってくると思いますが、どうでしょう。
クー:関税を武器に圧力をかけてくる今のトランプのやり方に正面から対抗する関税戦争か、元高誘導の二者択一なら、中国は後者を選択すると思います。しかも、中国だけでなく東アジア全体でやれば、東アジア間の取引は影響を受けません。通常、為替調整は10%がマックスだと考えられていますが、東アジア全体が協調して調整するなら20%が可能になると思います。そうすれば、アメリカも静かになるでしょう。
ドル安に誘導した場合、負担を強いられるのはアメリカの消費者です。今はドル高で、アジアの輸出事業者がマージンを抑えるなどで身を削ってアメリカに輸出しているわけですが、東アジアの通貨が一緒にドルに対して高くなれば、アメリカの物価が上がり、アメリカの消費者の負担となります。そうなれば、これだけじゃ問題は解決しないと考えるきっかけになり、どちらにもプラスになると思います。
船橋:そうなってくると、プラザ合意以降、円高で一気に円力倍増で購買力、いってみれば投資力を高めた日本のようなマネー・パワーを中国が手にする可能性が高い。「一帯一路(BRI)にも拍車がかかる。それはそれで新たな課題を提起することになりますね。
クー:プラザ合意の後に、ロサンゼルスのオフィスビルをすべて日本の企業が買収したということがありましたね。
船橋:ニューヨークのロックフェラーセンター買収が最も象徴的な例でしたね。今となっては懐かしい感じだけど。二倍増の元高なんかになれば、世界中、中国に買われてしまうリスクもありますね。
バランスシート不況
船橋:ところで、敗戦を経験した世代は別ですが、ぼくらの世代にとってバブル経済崩壊からの失われた20年、30年は、最も決定的な経験の1つだったと思います。ぼくは『シンクタンク 政策起業力の時代』を書くにあたって日本のシンクタンクの歴史を調べてみたんですが、このバブル崩壊と失われた20年の原因をしっかりと分析する研究をしたシンクタンクがほとんどないことに驚きました。
バブルやその崩壊の原因はなんだったのか、バーストはどのように進んだのか、その際、不良債権はどこまで膨らんだのか、それがマクロ経済に与える影響は何か。銀行救済に公的資金を入れることの是非をどう考えるか。なぜ、デフレがこうまで長く続くのか、その原因と構造は何か。人口問題との関係はどうか。不良債権処理に公的資金導入の政策は正しかったのか――。
国民や世界に向けて、リアルタイムで解明し発信しなければならないテーマが山ほどあったはずなのに、日本の金融系のシンクタンクでそれを正面から取り上げた研究はほとんどありません。
そうした中でクーさんの「バランスシート不況」という考察には本当に目を開かれた思いでした。あの発想はどこから湧き出てきたんですか。最初は随分孤立されていたと思いますが。
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