ハサミムシの母の最期はあまりにも壮絶で尊い 生まれてきたわが子にすべてを捧げて逝く
昆虫の仲間で子育てをする種類は極めて珍しい。
昆虫は自然界では弱い存在である。カエルやトカゲの仲間、鳥や哺乳(ほにゅう)類など、さまざまな生き物が昆虫を餌にする。そんな昆虫の親が子どもを守ろうとしても、親ごと食べられてしまうことだろう。これでは元も子もない。そのため多くの昆虫は、子どもを保護するのをあきらめて、卵を産みっぱなしにせざるをえないのである。
そのような中でも子育てをする昆虫はいる。たとえば、小魚やカエルさえ餌にする肉食の水棲(すいせい)昆虫のタガメも子育てをする。あるいは、昆虫ではないが、毒針という強力な武器を持つサソリは子育てをする動物である。また、他の昆虫を餌にするクモの仲間にも子育てをするものがいる。
厳しい自然界で、子どもを守り育てる「子育て」という行為は、子どもを守る強さを持つ生き物だけに許された、特権なのである。
サソリの毒針ほど強力ではないが、ハサミムシは「ハサミ」という武器を持っている。そのため、ハサミムシは親が卵を守る生き方を選択した。
虫の子育ては、母親が卵を守るものと父親が卵を守るものとがいる。サソリやクモは母親が卵を守る。一方、タガメは父親が卵を守る。
ハサミムシの卵を守るのは母親だ。ハサミムシの母親が卵を産むとき、父親はすでに行方がわからなくなっている。子どもが父親の顔を知らないのは自然界ではごく当たり前のことである。
卵がかえるまで丹念に世話をする
ハサミムシは成虫で冬を越し、冬の終わりから春の初めに卵を産む。
石の下のハサミムシの母親は、産んだ卵に体を覆いかぶせるようにして、卵を守っている。そして、卵にカビが生えないように一つひとつ順番にていねいになめたり、空気に当てるために卵の位置を動かしたりと、丹念に世話をしていく。
卵がかえるまでの間、母親は卵のそばを離れることはない。もちろん、母親は餌を口にする時間もない。餌を獲ることもなく飲まず食わずで、ずっと卵の世話をし続けるのである。
ハサミムシの卵の期間は、昆虫の中でも特に長く40日以上もあるとされている。長い場合は、卵がかえるまでに80日かかった観察もある。その間、片時も卵のそばを離れることなく、卵を守り続けるのである。
そして、ついに卵がかえる日がやってくる。待ちわびた愛する子どもたちの誕生である。
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